ぱさり、と。 
小さい紙のようなものが、落ちた。 
 
「あれ?」 
買い出しの大きな袋を横に寄せて、少女はそれを拾い上げる。 
「なんだろ……?これ」 
そこに書かれていたのは、携帯電話の番号だった。 
名刺のような厚手のカードに赤いペンで走り書きされた、細い文字。 
急いで書いたようなのにきれいなバランスを保った文字は、書いた人間の性格を彷彿とさせているようだった。 
 
買い出しに行ったのは、彼女の、いわゆる恋人というやつで。 
その袋の中に忍ばされていた それの理由。 
少女は少しだけ、つまらなそうな顔になった。 
たぶん、素敵な人なんだろうな、と少女は思う。 
赤い文字が、深紅のルージュを連想させたから。 
 
 
「ごめん!みゆうちゃん。買い出しの間、店まかせちゃって」 
着替えていた彼が、そんな言葉と共に顔を出す。 
「大丈夫だった?オーダーとか」 
「あ、はい。簡単なものしか来ませんでしたから」 
 
ジャズバーだったこの店が、昼間だけ喫茶店として営業するようになって。 
昼間の客も、かなり増えた。 
今までならひとりかふたりだった客が、今ではその十倍以上はゆうにある。 
このままじゃ喫茶店の方が本業になっちまいそうだ、と軽口をたたく彼に、少女はできるだけお手伝いしますからと笑った。 
その言葉通り、彼女はよく店を手伝ってくれて、いまでは喫茶時間のオーダーで彼女が作れないものはほとんど無い。 
 
「助かるよ。ホント」 
にこっと笑って、義人はぐりぐりとその頭を撫でた。 
少女はちょっと嫌そうにしながら、乱れた髪を整える。 
「もう、マスターさん!髪がバサバサになっちゃう〜」 
「なっても可愛いから、みゆうちゃん。さ、座って座って。何か作ってあげる」 
調子のいい台詞にむっとして、カウンターを出てスツールに座った彼女は、手にしたカードをひらつかせた。 
「これ。どしたんですか?」 
少女が差し出したものを見て、義人はああ、と呟いた。 
「買い出しの途中で、手帳を落とした人を見かけてね。 
 追いかけてって渡したら、今度お礼をさせてほしいって」 
「……ふーん」 
「なに?」 
「何でもないです。ただ、女のひとには優しいんだなーって」 
「えっ?」 
驚いたように少女を見た彼は、しばらく考え、カウンターに肘をついた。 
「みゆうちゃん。それってさ、ヤキモチ?」 
「!」 
にやにやと笑いながら言われ、少女の頬に赤みが差す。 
「そ、そんなんじゃありません!」 
「またまた〜。俺がこの人に優しくしたのが気に入らないんだ?」 
「違います!」 
「へぇ。みゆうちゃんはこーゆーことにヤキモチ焼くんだね〜」 
「マスターさん!!」 
思わず大声で叫んで、少女はあわてて口をふさぎ周りを見回した。 
幾人かの客がこちらをみて、また談笑に戻っていく。 
「……違いますってば」 
小さな声で言った言葉を無視して、義人は首をかしげた。 
「どんな人だったか。気になる?」 
「………」 
否定の言葉を出しかけて、少女はむーっと押し黙った。 
くすくす、と笑いながら、義人は思い出す仕草をする。 
「そうだなぁ。やっぱり可愛いよりはキレイ系だったかな。 
 ブランドのスーツとか着ててね、運転手付きの車に乗り込むところだったよ」 
「ふ ぅ ぅ ぅ ん ……。」 
どこかの、お嬢様? 
それとも……お金持ちの奥様? 
なんだか、その顔つきまで想像できてしまうような気がした。 
 
「どうせ私はキレイじゃないですよ」 
ぶすっとふくれる彼女に、にこにこ笑いながら、 
「そうだね。みゆうちゃんは、可愛い系だね。」 
「どーせ子供ですよっ」 
「そうだね。子供だね。」 
動じないその態度にむかっとして、少女はくるっと背中を向ける。 
「どーせ、子供ですよ……」 
同じ言葉を繰り返す彼女に、義人は少し沈黙してから、言った。 
 
「いいよ」 
「?」 
「それ、破いて捨てていいよ。別に掛けるわけじゃないし」 
「!」 
それに対して、返ってきた返答は  
「子供扱いしないで下さい!」 
義人は、やれやれ、といった調子で肩をすくめてみせた。 
「だって。客観的に見たら、子供でしょ?18歳は成年じゃないじゃないか」 
「そういう事を言ってるんじゃないんです!もーいいですっ」 
「お、おい」 
がたん、と音を立ててスツールをおりようとした彼女の手を。 
義人は、カウンターの中から掴む。 
「は、離して……っ」 
少女の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。 
ちょっといじめすぎたか?と思いながら、義人は少女の手を引いてもう一度座らせる。 
「ごめんね、いじわる言って。今のは客観的な意見を言っただけ。俺の主観は違うよ」 
「違ってなくてもいいですっ。私なんか、子供っぽくて魅力ないんですっ」 
ムキになって抗う少女。 
それを見る義人の目が、すっと細められた。 
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