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 OATH 4 

「…………で、……で…も………」

小さな声をどうにか絞り出しながら、少女はまた自分を抱きしめるように体を縮めた。

「でも……でも、だって、そんな……天之橋さんは……せ、責任とか考えて、それで……っ」


その途端、聞いたことがないような低い声で名前を呼ばれて、少女はびくりと身を竦ませた。
それに気付いた彼が、意識して声音を抑えながら言葉を継ぐ。

「不安だから、確かめたくてそんなことを言っているのならば分かるけれど。
 それを本気で言っているのなら、私は怒っても良いのではないかな」
「っっ……」
「君ならどう思うかね?子供が出来たから仕方なく私と結婚するのだろう、そう言われたら。
 ……それとも……それとも本当に、そう思っているのかな」
「!!!」

俯いていた彼女が、ばっと顔を上げて。
潤んだその瞳から、大粒の涙が一気にこぼれ落ちた。
心痛い表情で唇を咬み、天之橋はゆっくりと彼女の頬に手を添えてその体を抱きしめた。

「……すまない……酷いことを言ってしまって」
「違っ……わた………ご、め………な…………」

涙に途切れる台詞を遮って、赤く染まった耳元に囁く。

「でも……君に分かってほしいんだ。私は確かに、君になんでもしてあげたいと思っている。
 けれど、その気もないのに将来を誓ったり、望んでいないのに結婚を申し込んだりは出来ない。
 それは絶対に、君のためにはならないことを知っているから」

静かに髪を撫でながら、嗚咽する彼女に言い聞かせる。

「もうずっと前から……言おうと思っていた。それだけ考えたなら、君が卒業する前に告げてしまったかもしれない。でも」

彼女の指に光るリングを渡してしまった時のことを思い出して、天之橋は少しだけ苦笑した。

「どうしても、勇気が出せなかったんだ。それは君のためにならないんじゃないかと……思わずにいられなかったから」
「………っっ」

ぶんぶんと懸命に首を振り、少女は泣き続ける。


ずっと心に持ち続けていた、臆病な思い。
旧知の医者に非難されても、それでも振り切れなかったそれを、なぜ捨て去ることができたのか。
その理由を、彼女に告げることはおそらく一生できない。


それはきっと、彼の人生で一番の秘密。
妊娠していることを知らされた彼女が、対処を聞かれて動揺しながら答えた言葉。
   

『 天之橋さんがどう思うか……わからないけど……でも 』
『 私は、あのひとの子供を育てたいです 』


わざと彼を悪く言った主治医に、食ってかかった言葉。
   

『 天之橋さんはそんな人じゃありません! 』
『 旧いお知り合いなのに、どうしてわからないんですか? 』


年齢も環境も違う者同士の家庭は難しいよと、諭されて返した言葉。
   

『 先生から見たら、子供っぽい考えかもしれないけど 』
『 でも私は、天之橋さんのことがすきだから 』



それら全てを、彼女がこの部屋に戻ってくるより先に伝え聞いていたこと。



最近の彼女の様子から、もしかしたらとは思っていた。
だから、前もって主治医に検査をしてもらうよう頼んでおいた。
彼の臆病さを非難した主治医は、それでも、『先に結果を知らせてほしい』という彼の願いを承知してくれた。それどころか、彼女の毅然とした強さまで言付けてくれた。

卑怯なのは分かっている。
彼女の気持ちを知った上で、安全な所から愛を告白することが、どれほど情けないことか。
でも、先にそれを聞いていなかったら、何を言ってしまったか分からない。

生んでほしいと告げれば、彼女の未来を奪ってしまうかもしれない。けれど、その逆を言えるはずもない。
どうあっても、彼女を傷つけずにはいられなかったと思う。

けれど、彼女の台詞を聞いて目が覚めた気がした。

自分がほしいのは、子供ではない。
自分がしたいのは、ただ彼女を気遣うことではない。

彼女のそばで。
彼女と一緒に花や子供を育てて。
彼女にずっと、笑っていてほしい。

その気持ちを伝えること。



くすりと微笑んで、天之橋は自分でも驚くほど落ち着いた声音で告げた。

「だから、断ってくれて良いんだ。今すぐ答えてくれなくても構わない。
 ……ただ、君に伝えたかっただけだから」

私はずっと、君に恋をしているからと小さく囁くと、腕の中の嗚咽が大きくなった。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、ぐちゃぐちゃの顔を上げた少女が、掠れた声で応えようとする。

「………っい……ま………、っ………」
「ああ、無理に喋らないで。苦しくなってしまうよ」
「っむ…り、じゃ……な……っっ」

首を振りながら抱きつくと、少女は懸命に息を整えて、彼の耳元で声を振り絞った。

「い、ま……すぐ……、し、て…っ……」
?」
「ぃま、すぐ、……結婚…して……っ!」
「!」

少しだけ、天之橋が驚いた顔で彼女を見る。
少女はそれを見返し、更に続けながら口づけた。

「……す…き……っだ、いす、き……!」


触れた唇から、暖かさが伝わる。
泣きながらするキスは、気が遠くなりそうなほど息苦しくて。


けれどそのせいではなく、一気に込み上げてくる倖せのせいで、少女はすっと意識を預けた。

 

 

もう絶対にこの手を離さない。

 

FIN.

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