かちゃかちゃと響くカップの音。
ふんわりと薫る暖かい蒸気。
そして、その中で軽やかに笑う彼女の姿。
話し続ける少女を穏やかな瞳で見つめながら、天之橋は気付かれないように倖せそうな息をついた。
いつものお茶会。
することと言えば、お茶を淹れて、それを飲んで。あとはただ他愛もない話をするだけ。
なのにどうして、こんなにも安らぐのだろう。こんなにも胸がいっぱいになるのだろう?
たまに訪れる沈黙にすら、全く違和感を感じない。彼女が何かを考えながら微笑んだり難しい顔をしたりするのを眺めて、お茶に目を落として、窓から見える花を愛でて。
そうしてゆっくりと流れる時間が、どうしてこんなに愛しいのか。
「……どうか、しましたか?」
小さく呟く声を聞いて、天之橋はようやく我に返った。
不思議そうに首を傾げる彼女に笑ってみせて、無言のままテーブルに置かれた彼女の手を持ち上げる。
そういえば、彼女はいつも自分の左に座る気がする。
自宅のお茶会では、もうすっかり定席が決まってしまっているから、思い過ごしかもしれないけれど。
ふとした時、袖に重みを感じるのも、左手が多いような気がするから。
そんなどうでもいいことを考えながら、彼女の右手にそっと手を添えて。
そこに銀色のリングが光っているのを見つけて、思わず極上の笑みがこぼれた。
「……?天之橋、さん?」
「いや……なんでもないよ」
さりげなくそれに口づけて、天之橋は彼女の手を元の場所に戻した。
うっすらと頬を染めた彼女が、あんまり見ないでくださいと手を握り込むから。
憮然とした表情の理由に思い当たって、更に笑う。
「身につけるものなのだから、傷がつくのは当たり前だよ」
「でも!がんばって注意してたんですよ、それなのに」
尽のやつ、とぶつぶつ言いながら、少女は掌を広げてリングを目に近づけた。
聞く所によると、弟が投げてよこした鍵が当たって傷がついたらしい。
どちらかというとこの場合、部屋まで忘れ物を取りに行かされた上に文句を言われた弟の方が被害者だと思うが、と密かに思いつつ、天之橋はティーカップを取り上げた。
「どうしても気になるなら、店で磨いてもらえば傷は消えるけれど」
「……………」
「明日にでも行ってみるかい?」
「……いえ、いいです」
少しだけ迷って、少女は首を横に振った。
だって、できれば、外したくないから
聞こえるか聞こえないかの声で囁かれた台詞が、柔らかく耳を掠めた。
「……そういえば」
天之橋はふと、今思いついたような顔をして。
用意しておいた言葉を会話に滑り込ませた。
「話は変わるが、最近調子があまりよくないと言っていただろう?それで考えたんだが……
私の家の主治医が、本来は内科医なのだけれども、他の科についても名医と名高いそうでね」
「え?」
「もし君さえ良ければ、診察を受けてみないかね?」
「で、でも……天之橋さんのおうちのお医者様に?」
口ごもった彼女に、天之橋は優しく微笑んだ。
「ああもちろん、無理強いはしないよ。君が大丈夫だと思うなら、それでいいけれど。
でももしかして万が一、病気の前兆だったらと思うと、やはり心配でね。……それに」
くすりと笑い、意味ありげな視線を彼女に向けて。
「いずれは君の主治医になる。……かも、しれないだろう?」
「え?」
そう言うと、少女は少しの間、きょとんと彼を見て。
その意味に思い当たり、途端にかあっと顔を赤らめた。
「あ、天之橋さん!からかわないでください!」
「はは、からかったつもりはないよ」
言いつつも、楽しそうに笑い続ける彼を睨んでから、少女はぷいとそっぽを向いた。
ようやく笑いを納めて、天之橋は拗ねてしまった彼女の髪を優しく撫でる。
「原因が分からないのだから、あちこちの病院へ行かなければならないかもしれない。
そんなに大仰にしなくても、うちの家でなら簡単な診察だけ受けられるよ。
医者といっても近寄りがたい性格の人ではないから、気負う必要はないし」
「……………。」
むくれながらも、しばらく考えて。
少女は結局、それに頷いた。
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