「承知致しました、手配しておきます。
これで、予定されていた業務は終了しましたが、何か他にございますか?」
完璧にまとまった報告書類を手渡しながら、秘書は執務机に座る天之橋を見た。
書類をぱらぱらとめくり、手短に要点をチェックする姿に、少しだけ心の中で苦笑する。
任せた仕事について、いつでも最終チェックを欠かさない彼。それは自分を信用していないからではない。
ただ万が一の用心のためにと、一応の確認をしなくては気が済まないのだろう。
それはおそらく元来の性格と、意識してそうあろうとする努力の結果。
「いや、特にない。今は企画の方が大変な時だから、気を配ってやってくれ」
「心得ております」
個人的には、グループのトップが一部署にまで注意を払っていてはきりがないとも思うけれども、それが会長としての彼の性質であるのだから仕方がない。
全く不器用なお人だ、と内心呟きながら、いつも通りに決裁の書類入れに置かれたそれから視線を戻す。
「では、私は社の方に戻ります。明日は午前中から会議ですので、いつもの時間に迎えに参ります」
「ああ、すまない」
ぱたりとファイルを閉じて、一礼して踵を返そうとした秘書は、思い出したかのようにもう一度ファイルを開いた。
「……そういえば。関係会社から招待状が届いておりますが」
「招待状?」
「はい。先だってより建設していたアミューズメントパークが竣工したそうで、関係者や家族などを集めてオープニングセレモニーを行うそうです。
こちらが招待状、それにパークと会社の資料です」
渡された一揃いを見ながら、天之橋は少し考えるように口元に手を当てた。
無数に来るこの類の招請の中で、天之橋の目に触れるのはほんの一部だけ。だからこそ、秘書が通したこれには重要な意味があることが分かるから。
確かここは、グループの傘下に入ったばかりの会社。パークの規模も大きいようだから、今後のビジネスを考える上で行っておいた方がいいのかもしれない。
予定日が休日なのを確認して、ふと思考が別方向へ行きかけた彼を見透かすように、秘書は重ねて口を開いた。
「かなり前評判の良い遊園地らしいですね」
「……?」
一瞬、驚いた顔をした天之橋をさりげなく無視する。
「いわゆる絶叫マシンから幼児用の施設まで、全てが充実していることが売りのようです。
雑誌でもいくつも特集が組まれていますし、正式にオープンすれば盛況はまず間違いないかと」
「………ああ」
「じっくり視察できますので、できればセレモニーの日に出席して頂きたいのですが。もちろん、休養日を充てて頂きますので、他の出席者には関わってこないよう周知致します」
「……………」
「視察の面でも、一個人として客観的に見て頂いた方がよろしいかと。
ご出席なさいますか?」
淡々と並べられた台詞の意味に少しだけ動揺しながら、小さく息をついて。
結局、天之橋は彼の問いに頷きを返した。
「では、スケジュールに組み込んでおきます。申し訳ありませんが、私は他の職務で同席できませんので、よろしくお願い致します」
「……分かった。よろしく頼む」
複雑そうな声音にもう一度目礼すると、秘書は今度こそ理事長室を出て行った。
◇ ◇ ◇
「くん」
昇降口で靴を履きかけている姿を見つけて、天之橋は後ろから声を掛けた。
振り向いた少女が、それを確認してふわりと笑う。
「こんにちは、天之橋さん」
ぺこりと頭を下げるさりげない仕草に、挨拶を返して。
今日会えてよかったと思いながら、微笑む。
「君を探していたんだよ。急で申し訳ないのだが、今度の日曜日、予定はあいてないかな?」
「日曜……ですか?ええ、あいてますけど」
「よかった。実は、遊園地の招待券をもらってね。
まだオープン前だけれど、なかなか人気のあるところだそうだよ。一緒に行ってみないかね?」
「遊園地?」
小さく首を傾げられるのに、うろ覚えのパーク名を返すと、少女は途端に目を丸くした。
「え?それってもしかして、来月オープンする予定の!?」
「そうらしいね」
「ものすごくいっぱい乗り物があって、公園も図書館もプールもスケート場もある!?」
「……らしいね」
「一日中いても廻りきれないって雑誌に書いてあって、オープンするの楽しみにしてたんです!嬉しい〜!」
きらきらと目を輝かせて喜ぶ彼女を見て、天之橋の口元も自然に綻ぶ。
これほど喜ばれるとは思わなかったから。
「では日曜、お付き合い頂けるかな?」
「……あ、でも……」
だが、少女はふと表情を曇らせて、窺うように彼を見上げた。
「オープン前……って。もしかして、お仕事絡みなのではないですか?」
「うん?」
「お仕事でしたら、私が行ったらお邪魔になりますし……」
「い、いや」
意外と鋭い指摘に内心焦りながら、一瞬で言い訳を組み立てて。
「確かに仕事関係でもらったものだけれど、別に仕事をしに行くのではないよ。
オープン前に、関係者やモニターを集めてお披露目をするらしいんだ。まあ、映画の試写会みたいなものかな」
「試写会……ですか」
「そう。私も券をもらっただけで肩書きを付けて行く訳ではないし、心配するようなことはないよ。もっとも」
少女の安心した様子に満足して、天之橋はその頭をさらりと撫でた。
「遊園地の同伴者としては、私はあまり優秀ではないと思うけれど……ね?」
「そ、そんなことないです!」
頬を染めて言い募る彼女をくすくす笑って眺めながら、後でもう一度秘書に釘を刺しておこうと考えた時。
その笑いが、ぴたりと止まった。 |