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 OPEN YOUR HEART 2 

パチッとかすかな音を立てて、ノートパソコンを閉じる。
小さく息をつきながら、天之橋は机に置かれた紅茶を手に取り一瞬、眉を顰めた。
動くたび、頭に巻かれた包帯が気になって仕方ない。
こんな大袈裟な処置は必要ない、ただ皮膚が切れただけだと抗弁したけれども、彼の執事はそれが仕事ですからと有無を言わせなかった。

「今日もお仕事をされるのでしょうが、無理をされるようでしたらお医者様をお呼びした方がよろしいですね」

そう言われてしまっては、天之橋としても夜遅くまで仕事をする訳にはいかない。
少女といるはずだった時間を仕事に当てた後、彼は何をするともなく音楽をかけてソファに寝ころんでいた。

その時。
バタン、と大きな音がして、ドアが乱暴に開けられた。
こんな開け方をする人間は、ひとりしかいない。

「………花椿。人の部屋に入るのに、もう少し丁寧に開けようとは思わないのか?」

顔も向けずに言うと、入ってきた人物はふんと鼻で笑ってドアを閉めた。

「無様にケガなんかした奴には、気を遣う必要なんて無いわよ」
「何?」
一体どこで聞きつけてきたのかと少し意外に思いながら、体を起こす。
花椿はなにやら大荷物を抱えていて、それをデスクの上に投げ出すと、つかつかとソファに歩み寄ってきた。
「誰に聞いた?榊か?」
「そんなトコよ。で、どうなの?こんな大袈裟にするほどひどいの?」
「いや………」
自分と同じ感想に苦笑しながら立ち上がり、天之橋はサイドボードからいつもの酒を取り出した。
「少し切っただけで、たいしたことはない。痛み止めも要らないくらいだ」
「アラ、そう。それは残念ね」
「おい……残念はないだろう?」
いつもなら聞き流す言葉が少しだけ勘に障って、言い返す。
すると、花椿は引ったくるように酒のグラスを奪い取り、一気に飲み干して彼を睨み付けた。
「残念ったらないわよ!アンタって人間は昔っから、どっかが抜けてるんだから!」
「仕方ないだろう、歩いていたら飛んできたんだ。そんな物にまでいちいち気を付けていられるか」
「そういうことじゃなくて……ったく、もう!
 その小学生にもお仕置きすればいいのよ!子供だからって甘やかすと良くないワ!」
何やらイライラと文句を言い続ける言葉尻を、ふと捉える。

「………小学生?」

秘書にも執事にも、相手が小学生だなどと言った覚えはない。ラジコン飛行機など飛ばしているのだからそういう相手だと想像したのかもしれないが、花椿の口調は何かを知っているような口ぶりだった。
「そんなこと、誰に聞いたんだ?」
ソファに座って繰り返すと、目の前に立つ親友はアラと呟いたまま口を噤む。
不穏な雰囲気。
更に問いつめようとした天之橋に、花椿はふと振り向くと、先ほど机に置いた袋を取り上げて彼に押しつけた。
「忘れてたわ。コレ、お見舞いね」
「………?」
傷薬、痛み止め、果物から花まで、おおよそ見舞いで思いつく物のほとんどがごちゃごちゃと入った袋。
酒と頭の痛くなるような服以外は持ってきたことのない彼に、似つかわしくない品々。
なんの嫌がらせだと訝る視線を投げかけて、天之橋は目を見開いた。

「……まさか……」

ようやくその理由に思い当たった彼に、花椿はさほど後ろめたさもない口調でそれを明かした。
「そーよ。アンタのかわい〜い恋人からのお見舞い」
「何!?」
思わず立ち上がって、愕然と親友を見つめる。

彼女が?見舞い!?しかし、そんな様子は全然……

「だから抜けてるって言ったのよ」
花椿は肩をすくめて椅子に腰掛け、足を組んだ。
「アンタのことだから、デートを中止する言い訳に必死で、あのコの様子に気づかなかったんでしょ」
「……………」
「しかも、スーツの襟に血が付いてることも知らないで」
「……………」
「下手に労ったつもりで、逆に気を遣われてちゃ世話無いわよねえ」
「……………」
一言も返せない天之橋に、少しだけ細められた目が真剣味を増す。
「ケガしてないなんてごまかされて、あのコがどれだけ心配してるか分かるでしょ。
 なのにアンタの下手な言い訳を思いやって、アタシに見てきて欲しいってこっそりお願いに来たのよ」
う、と言葉に詰まり、天之橋は狼狽して口に手を当てた。
そんな彼を、厳しい目で見て。

「隠すんなら完璧にやることね。それが出来ないなら下手な気遣いはやめなさい。
 在学中ならともかく、今のはそんなものが必要なほど弱くもないし、物が分からない訳でもないわ」
そんなことは分かった上で、それでもやってしまうんでしょうけど、と心の中で呟く。
言うだけ言ってすっきりした顔で、花椿は席を立った。

「ま、今回はアタシから大したコトないって言っとくわ。今回だけよ?
 アンタは頑張って気づいてない振りをしてなさい。それと、近いうちにもう一度誘うこと」
「……ああ……すまない……」

悲愴な表情で落ち込む彼を見て、少し言い過ぎたかなと思うけれど。
このくらいしないと、親友の気兼ねする癖は直らないから、と考え直して。


『わたし、いつか天之橋さんに、そういう遠慮をされないようになりたいんです。
 一方的に守られるんじゃなくて、花椿せんせいみたいに対等になりたい』


そう言って笑った少女を思い出して、まったく一鶴にはもったいないわねと毒づきながら、花椿はくすりと笑って部屋を出た。

FIN.

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