「……っ、?」
思わず味あわずに飲み込んでしまい、慌てて彼女を見る。
自分が特に頼んだものなので、気を遣っているのかとも思ったけれども。
素直な……言い換えれば嘘がつけない彼女の表情は、どう考えてもそれが真実であることを告げていて。
一瞬、まずいと思った。
「そ、そうかね?このワインは、飲み慣れない者には少し、飲みにくいと言われているのだが……」
「そうなんですか?うーん、確かにちょっと濃いみたいな感じはしますけど……でも、おいしいですよ」
更に口を付けながら、にこにこと上目遣いに見る姿。
どう釘を刺そうか迷っているうちに、食前酒と同じペースで空になったグラスを見て、セオリー通りにソムリエが近づいてくる。
それを制そうとした彼より先に。
「お注ぎしましょうか?」
「はーい」
嬉しそうに目を輝かせる少女が、即答する。
天之橋は眉間に指を当てた。
単に『酔ってしまうからやめなさい』と言うだけでは、彼女は納得しないだろう。
どうやら自分が酒に弱いとは夢にも思ってないらしい彼女は、酔ったときの自分の行動を疑問に思わない。断片の記憶はあるのだけれども、眠くてよく覚えていないだけだと納得している。
すでに高校を卒業した彼女を、迂闊に子供扱い出来ないのは分かっているけれど、子供ではないからこそ困ってしまうのだ。
「……?どうかしました?」
不思議そうな彼女が、首を傾げる。
それに微笑みを返してから、天之橋は席を立った。
「すまない、少し席を外すから」
「ええ」
本当であれば、もう少しゆっくりと時間を過ごしたかったけれど。
前回と同じことになるのだけは、絶対に避けたい。
後ろ髪を引かれる思いで車を呼んで、ついでにソムリエにもう注がないよう耳打ちして、ようやく戻ったテーブルには。
ワインクーラーから引き上げていたボトルを、慌てて戻す姿。
その液面が最後に見たときよりもかなり減っているのに気づいて、思わず顔が引き攣った。
えへ、と照れ笑いする、彼女に。
「……………ワインは、レディが自分で注ぐものではないよ」
言えたのはそれだけだった。
◇ ◇ ◇
「あまのはしさん。どうしてかえっちゃうんですかー?」
少し言葉が怪しくなり始めた彼女を、天之橋は早々にレストランから連れ出した。
さすがに、若いときからずっと懇意にしている店の中で、妙なことを口走られるのは恥ずかしい。
その所為でデザートを食べられなかった彼女が、不満そうにむくれる。
「すっごくおいしそうだったのに……」
なまじオーダーの時にワゴンで実物を見せられてしまっただけに、その執着もひとしおで。
アルコールが廻って幼児化しかけている少女は、今にも駄々を捏ね始めそうだった。
「すまない。……けれど、少しワインを飲み過ぎたろう?気分が悪くなる前に帰宅した方が良いと思って」
「えぇ?もう、かえるんですか?のみすぎてなんかいませんよぅ!」
ねだるように見上げる瞳には、いつもと違って遠慮が無くて。
それはそれで可愛らしいけれども、口から出る言葉は全くの爆弾発言。
「わたし、かえりたくないです……」
「……!」
「あっそうだ!まえにたべたスカイラウンジのミルクレープがたべたい!」
「…………」
「ねぇ〜あまのはしさん。ホテルにいって、ケーキたべましょ?」
「………………」
「けーき けーき」
迂闊に反応できない彼の返答を待たず、少女はふらふらと歩き始めた。
「あ、こら!待ちなさい、!」
慌てて追いかけて、抱き留める。
側には結構な交通量の車道が走っていて、そちらへ行ってしまったらと思うと気が気ではないのに。
彼女は抱きしめられたことに無邪気に笑うと、甘えるように身をすり寄せた。
「あまのはしさん。けーき、たべたいです。……だめ?」
腕の中で、首を傾げて見上げる少女。
こんな道端でどうしろと言うんだと思うほど反則的な、表情。
天之橋は白旗のため息をついて、頷いた。
「……分かった。けれど、今日は泊まらないからね。
家にきちんと連絡をしておきなさい。遅くなるけれど帰る、とね」
「はーい!」
殊更に強調した意味が分かっているのかいないのか、少女は嬉しそうに返事をする。
彼女がケータイを出しかけた、その時。
「………………?」
少女にとっては懐かしいそして天之橋にとっては非常にタイミングの悪い声が聞こえた。
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