「あふっ……ん、ダメ、も…っ……」
がくがくと、彼の上で揺れる身体。
幾度目かの絶頂感が背筋を駆け上り、視界が白く弾ける。
彼の胸に額をつけて、少女はびくりと体を震わせた。
そのまま、小刻みに震えて余韻に浸る彼女の髪に、指を差し込むと。
少女は髪の毛にも神経があるかのように反応し、荒い息をついて身体を弛緩させた。
「………大丈夫か?」
自分の上に力無くしなだれかかる、半分失神しかけている彼女に、さすがに本気で気遣いの台詞が口をつく。
少女は白濁した意識の中で、かすかに首を振った。
「もぅ……だめ、で、…すっ……」
色っぽい睦言ではなく本当に本気で余裕のない声に、苦笑いを浮かべた瞬間、頭が醒めた。
思う様に彼女を弄び、翻弄した分、理性が戻れば罪悪感は避けられない。
天之橋は瞳を閉じて欲情を頭から追い出すと、汗でベタベタに汚れてしまっている少女の髪を整えながら、小さく言った。
「すまない。その………つい」
「あま、の…はし、さん……」
彼の謝罪を、けだるげな呟きで遮って。
ぼうっとした表情のまま、少女はねだるように頬をすり寄せる。
「おふろ……はいりたい、ですぅ……」
「……ああ。わかった」
少女の甘えた行動には、自分を責めている色はなくて。
そのことに少しだけ安心しながら、力のない身体を抱え上げ、バスルームへ向かう。
一人では座っていることもできない彼女を抱いたまま、湯を溜めながら浴槽に座り込むと、少女は彼の腕の中で息をついた。
徐々に溜まっていく湯をすくい上げ、彼女の身体を洗い流す。
その、体のあちこちには、無数の赤い痣が浮かんでいて。
痛みがあるものではないと分かっていても、痛々しい印象を禁じ得なかった。
「……?……その、……」
思わずまた、謝りかけた彼の唇に。
腕を上げるのもやっとといった風な、少女の指が当てられる。
「……わた、し……」
かすれた声で、少女は小さく囁いた。
「あまのはしさんと、…こうしてるの、イヤじゃ……ない、です……」
きっと無意識なのだろう、ゆっくりと指で彼の唇をなぞって。
「……はずかしい、けど……ちょっとだけ、つかれちゃう、けど……でも」
少女は、ちゃぷん、と力尽きたかのように腕を湯に落とした。
「……わたし……わか、ります、……から。……あまのはしさんの、きもち……」
極度の疲労と、体に滲み通る温かさに、だんだんとまどろみに落ちていく。
「わたしも……いつも……あまのはしさんが、ほしい…か、ら。だ…から……」
謝らないでください。
その言葉は、天之橋の耳ではなく心に聞こえて。
瞬間、彼女の気持ちに気づいた。
少女を自分だけのものにしたくて理性を失って、でも行為が終われば彼女を気遣って謝ってしまう。
そんな自分の所作が、行為そのものを後悔しているかのようで。
彼女を不安にさせていることに、気づかなかった。
「……っ」
謝らなければ。
彼女を気遣っているつもりで、酷いことを言っていた。
どれだけ理性を失っていても、本当に彼女が嫌がっているなら止められる、そんなことは今更言うまでもないことなのに。
初めから、彼女も自分を求めてくれていたことは分かっているのに。
自分が勝手に感じてしまう罪悪感を処理するのが精一杯で、彼女のことを本当に考えている余裕がなかった。
「、すまない……私は……」
きゅっと彼女を抱きしめ、言える言葉がないことに口ごもって。でも、何か言おうとする彼に。
少女は半分以上眠りながら、くすりと小さく笑った。
「すぐ、あやまっちゃうの…って、わるい…クセです、よ?………だいじょうぶ。
わたし……そんなに、よわく…ないです…し、……ぜんぶ、……わかってます…か…ら……」
すうっ、と。少女はそのまま意識を失って、ことんと眠り込んだ。
彼の腕の中で。
至福、という言葉をまさに象徴するような、表情をして。
いつもいつも、何もかも彼女に教えられる自分を少しだけ情けなく思いながら、
天之橋は手の中の宝物をしっかりと抱き直し、天井を仰いで、今日の出来事を振り返った。
少女の服装がいつもと違ったのは、このホテルにラフな格好で来るわけにはいかなかった所為だろうけれど。
それを装うだけの目的では必要のない所まで完璧に仕上げられた……化粧とオードトワレと下着。
そして、『母の服』だと言った、少女の言葉。
「……あの人の仕業か」
こんなことを笑って仕組む人間の姿が目に浮かんで、天之橋は一瞬だけ苦笑して。
その目論見に見事に乗ってしまった自分に、ひとり赤面した。
◇ ◇ ◇
次の朝。
「…………………………」
洗面所の鏡の前で硬直している少女に。
「おはよう」
少し照れながら声を掛けた彼は、予想に反して沈黙を返された。
不思議そうに、問おうとして。
自分のしたことを思い出し、愕然とする。
「……あ。そ、その……?」
少女は振り返らない。
「今日は、その……休みを取るから。君の好きなところに出掛けよう。ね?」
この場合は謝った方がいいのかどうか、真剣に悩みながら。
天之橋は、必死で取り繕う。
「……天之橋さん」
彼女は、ゆっくりと振り返って。
呆然とした表情で、泣きそうに瞳を歪めて、彼を射抜く。
「わたし……お出掛けしないです!お一人でどうぞ!!」
ばたばたと脇をすり抜けて逃げ、布団に潜り込む少女に。
天之橋は言葉も態度も選べず、形振り構わず詫びを入れた。
FIN. |