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 Special to ME 3 

「………?」

不意に。
湯につかった服が、わずかに引かれた。
目を上げると、の手が私の袖を掴んでいる。
その瞳は、壁の一部をもどかしそうに見上げていて。
視線を辿ると、そこにあるのは時計……?

「あの……」
彼女は、おずおずと口を開いた。
「ごめんなさい。また、お気に障ってしまうと思うんですけど……今だけ、何も言わずに聞いてください。
 私、どうしても今日、天之橋さんに……」
言い淀み、彼女は袖を掴んだまま、片手で湯船に漂うコートを探った。
ポケットから、ずぶ濡れになった箱を取り出す。
「これを……どうしても、お渡ししたくて」
「……これは?」
尋ねると、彼女は泣きそうな顔をした。
「もうすぐ……卒業だから。今年で、最後だから。
 お誕生日のうちに、お渡ししたくて……」
私は驚いて彼女を見た。

そういえば今日は、2月5日。私の、誕生日……?
「まさか……そのためにこんな夜中まで?」
思えば今日は、学園の仕事を3時には終わらせ、その足で理事長会の会場に向かった。
その時まだ授業中だった彼女には、こんな方法しか残されていなかったのだろう。
こくりと頷く彼女に、私は複雑な想いを禁じ得なかった。

それが彼女の厚意だということは分かる。
正直言って、感激しないわけはない。
私のために、寒いのを我慢して何時間待っていてくれたのか。
 

嬉しいよ。
ありがとう。
でも、こんな無茶をしてはいけないよ。
体を壊したら、大変だからね。


彼女の気持ちを気遣う優しい言葉など、いくらでも湧いてくるのに。



しかし、私の声音は、硬いままだった。

「もう二度と……こんなことはしないと誓ってくれ」

ああ、駄目だ。
こんな言い方は、彼女を傷つけてしまう。
せっかく私の誕生日を祝おうと待っていてくれたのに、私の口からはそれを責める言葉しか出てこない。
もしも、彼女の身に何かあったら。
それが、私の所為だったら。
そんなことを想像するだけで戦慄する。
「頼む。……こんなことでは私は、この先どこにも出掛けられない。
 離れているときに、君に何かあったらと思うと……」
差し出された箱ごと、彼女の手を握りしめる。

そのとき、思いがけないことが起きた。
私の言葉に、傷ついた表情で涙をこぼすと思っていた、が。
ふわりと微笑った、のだ。

「……わかってます。もう、こんなことしません」
哀しそうに、ではなく、恥ずかしそうに。
握られた手を、きゅっと握り返して。
「今日は私、ちょっと思い余っちゃったみたいです。ごめんなさい」
「何を……だね?」
私が尋ねると、はそれには答えず、ふるふると首を振った。
「いいんです、もう。……もう、それだけで十分です。ありがとう……」
私には、彼女の言っていることが理解できなかった。
けれど彼女は、この上なく倖せそうに笑っている。
何か……彼女にとって、嬉しいことがあったのだろうか?

不思議に思いながらも、私はつられて微笑んでいた。
「……すまない。つい、酷いことを言ってしまって……服も濡らしてしまったね」
「いいんです。私こそ、心配かけてごめんなさい。あの……」
彼女はふと、俯いて。
急に声を小さくして、ぽそぽそと呟いた。
「天之橋さんも……お風呂に、入らないと。風邪をひいてしまいます」
「ああ……そうだね。では、君はここのバスルームを使いなさい。私は他を使うから。
 いいかい、良く暖まるんだよ。湯冷めしないように。代わりの服はすぐに用意させるからね」
「え?……あ、っ」
小さく声を上げて何かに気づき、顔を赤くする彼女がそのとき考えたことを。
自分の感情に手一杯だった私は、見通すことができなかった。

「……そうだ、これは」
彼女の手に残る、小さな箱をそっと受け取る。
「後で、君が風呂から出てきたら一緒に開けよう。お礼はその時、まとめて言わせてもらうから」
彼女の濡れた髪を、ざっと掻き上げて。
くすぐったそうなその頬に、口づけを落とそうとして
の唇が先に、私の頬に触れた。
優しい囁きと、一緒に。
「お誕生日……おめでとうございます。天之橋さん」


それ以降、私が自分の誕生日を忘れてしまうことはなかった。

FIN.

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