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  MN'sRM > GS別館 > GS1夢 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 なまえをよんで 2 

車に乗って学園から出ると、少女は少し浮かれた様子で喋りだした。
「でも、本当に楽しみです。私、クルーザーに乗るのも初めてで」
「うむ……」
「もしイルカに会えたりしたら、眠れなくなりそう」
「……ああ」
「?」
生返事を返すだけの彼は、何かを考え込んでいるようで。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「天之橋…さん?」
「……えっ?」
「どうかしました?」
「あ、いや」
その時、前方の小道から確認もせずに飛び出した車がいた。
避けられない距離ではなかったけれど、彼女を乗せているのに急ブレーキを踏むわけにはいかない。
天之橋はあわてて、急ブレーキにならないようにスピードを落としながらすばやく後方を確認すると、ウインカーを出して車線変更した。
「……ふう」
「天之橋さん?」
それに気づいていない風の少女に、ほっとして。
でも気を抜かないように、周りを注視する。
「何か…考え事ですか?」
先ほどの車がまだ隣車線で不埒な挙動を見せていることに気が行っていた彼は、上の空でぽろりと言葉を漏らした。
「いや……ただ、姫条君は君のことを名前で呼ぶのだなと思って」
「え?」
しまった!
うっかり考えをそのまま喋ってしまったことに、 天之橋は一瞬で我に返り、思わず口に手を当てた。
恐る恐る、少女をチラリと盗み見る。
幸い、 彼女は不思議そうにはしていたが、不審な目をしてはいなかった。
「そう、ですね。でもまどかくんだけじゃなくって、仲のいい友達はだいたい名前で呼びますけど」
頬に手を当て、思い起こしながら呟く。
「ええっと。なつみんとかタマちゃんとか……あとは珪くん、和馬くん、色くんもそうですね。
 仲いいのに名前で呼んでくれないのは氷室先生くらいですよ。
 せんせぇ、自分は零一さんって呼ばれても頓着しないのに、どーして生徒の名前は呼んでくれないんでしょうかねー」
アハハ、と笑いながら、彼を見ると。
そこには、とても複雑そうな顔をした天之橋がいた。
「……?あの、どうか、しました?」
「いや。……なんでもないよ」
答える声も、なんだか落ち込んでいるようで。
少女はますます混乱する。
「え……と」
とりあえず、話を続けようとして。
あることに気がつき、あっと声を上げる。
「そうだ!天之橋さんも、私のこと名前で呼んでくれないですよね!」
「!!」
「やっぱり、“生徒を名前で呼ぶことは、贔屓に繋がりかねない。”……とか思ってます?」
少女は声を低くして、担任教師の真似をしてみせた。
その態度に、思わず笑みがこぼれる。
「そう言われて、なんと返したんだね?」
彼が尋ねると、少女はすまして答えた。
「贔屓をするしないは、その人の感情によるものであって、呼び名によるものではないと思います。
 呼び名ひとつで感情を動かすほど、心弱くは在りたくないですから」
ほう、と感嘆の声を漏らす天之橋に、ぺろりと舌を出して続ける。
「て、心の中で思って。せんせぇには“はい”って言っときました」
「………策士だね」
それだけ言って、天之橋は忍び笑いを漏らす。
少女の担任教師はおそらく、彼女のことを従順な模範生徒だと思っているのだろう。
しかし、少なくとも自分と共に在るときの彼女は、自分の意見をきちんと持ってそれを押しつけずに他人に示すことのできる、自立した女性だった。
「だって、せんせぇはそういう生徒を求めてるんですもん。氷室学級のエースとして、応えないわけにはいかないです」
「そうだね。……で、私も、そういう生徒を求めていると思うかい?」
先ほどの彼女の質問に、質問で返すと。
少女は少しはにかんで答えた。
「いえ。天之橋さんがどんな生徒を良しとするかは分からないですけれど、きっと上辺の話ではないと思います。
 例えば、自分らしさをちゃんと知ってて、それを磨くことのできる生徒……とか?」
彼女の聡明さに、もう一度感嘆する。
彼が肯定の表情を見せると、少女は勢い込んで口を開いた。
「そしたら、私のこと、名前で呼んでくれますよね?」
「……呼んでほしいのかね?君は」
勢いにまかせて言ってしまった、問いに。
「もっちろんです!」
少女は、彼の欲しい言葉を惜しげもなく与えてくれる。
天之橋はますます頬を緩め、ひとつ息をつくと、車を喫茶店に入れながら呟いた。

「………

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