「 そんなこと、ないですよ?」
返ってくるとは思わなかった、いつも通りの優しい声音。
私が再び目を向けると、彼女はうふふ、と花が咲きこぼれるように笑った。
「力不足なんてことはないですよ、天之橋さんさえよろしければいつでも。
でも前に、理事長としての威厳を保つために外見を気にされてると仰っていましたから。
あまりくだけた所にお誘いしたら悪いと思って…それで、友達と行ったんです」
「…………」
私は少し、呆気にとられた瞳で少女を見た。
ふいに。可笑しさがこみ上げてくる。
いつもこうだ。
クックッと忍び笑いながら、心で納得する。
こちらが卑劣な気持ちで葛藤していることなど少しも気づかないくせに、少女はいつも救う言葉をくれる。
否定よりも、肯定を。
非難するよりも、理解を。
きっと、意図しているわけではないその行動。
花椿が彼女を『天然小悪魔』と呼ぶ、それに同意するわけではないけれど。
少しだけ、そう表現する奴の気持ちが分かる気がした。
さしずめ、私にとって彼女は……天使、というところか?
気障な台詞に失笑が生まれないのが、自分でも不思議だった。
「あっ…笑ってますね。……生意気でした?」
少し顔を赤らめる少女に、おそらく私は、とろけそうな笑顔を向けてしまっているだろう。
「いや。君が私のことを考えてくれたと思ったら、嬉しくなってしまってね。
どうやら私は、君と出掛けた男の子に嫉妬してしまったようだ」
すらすらと、素直な言葉で口がほぐれた。
少女は驚いたように目を見開いて、じっと私を見つめると、俯いて何か小さく呟いた。
……『嬉しいです』と聞こえた気がした……?まさか、な。
私がその疑問を考える前に、少女はぱっと顔を上げた。
「じゃあ、天之橋さん。今度の日曜日、よかったら誘って頂けませんか?」
「ああ、いいとも。君の行きたいところがいいね。どこがいい?」
「えっとですね。この季節だったら、森林公園かな?でも、はばたき山にも行ってみたいし……」
彼女の口から出る行き先はどこも、やっぱり私が行きやすい所で。
それでも、気を遣っているのではなく、それが自然なのだということを明確に伝える。
そうだな。
私は、楽しそうに喋り続ける少女を見つめながら首肯した。
彼女に誰も見せず、誰にも見せず、閉じこめて自分だけのものにするのは容易いこと。
しかし、そうして手に入れた愛に、何の意味があるだろうか?
自分のこの想いを、彼女に告げることになるとは思えないけれど。
もしその日が来るとしたら、彼女には、真摯な答えをもらいたい。
他の男を、目に入れないでYESと言うのではなく。
他の男より、この私を選んでほしい。
自由にはばたく翼をもぎ取るのではなく、その翼で、私の所に飛んできてほしいと思うのだ。
君の同級生のように、末永く共に在ることは出来ないけれど。
君の友達のように、飾らない君でいさせることは難しいかもしれないけれど。
それでも。
君がもし、他の男よりも私を選んでくれたら。
その時、私は。私の全てをかけて、君を守ってゆこう。
そして君と共に、人生を歩んでゆこう。
などと考えても。結局は、無駄なことだとは思うのだがな……。
あまりに先走った考えに、苦笑しながら。
それでも、すでにそう心に決めている自分を、私は心地良く感じた。
私が、その想いを再認識し、現実として悩み始めるまで。
まだ、一年余の時間が必要だった。
FIN. |