「今度の日曜日だが、予定はあいてないかな?」
私が、放課後の理事長室でそう訊いたとき。
「……すみません。ちょっと、用事があるんです」
彼女は確かに。そう答えた。
空いてしまった日曜日を、私は少し落ち着きなく過ごしていた。
最近、休みとなれば彼女を誘うことが慣例化していたため、ぽっかりと穴があいたように空虚な気持ちになってしまう。
いつのまにか、彼女が傍にいることに慣れてしまっていたのかもしれないと思い、私は苦笑した。
「……もともと……表だった行動をするつもりは無かったのだがな」
一年ほど前の気持ちを思い出すと、苦笑以上のため息が漏れてしまう。
これほどまでに、彼女に関わるつもりなどなかった。
レディへの階段を登ろうとしている、愛らしい少女に。
少しでも助けになればと思い、ほんのささやかな支援をしているだけのはずだったのに。
いつのまに……こんなに……。
そこまで考えて、私はひとつ首を振ると、車のキーを取り上げて部屋を後にした。
「さて……どこに行ったものか……」
衝動的に家を出てしまったものの、行く当てはない。
考えあぐねて、思いついたのは仕事帰りによく行くスポーツジムだった。
すっきりしない頭も、泳げば少しはましになるかもしれない。
そう考え、道を辿るべくウインカーを出した、そのとき。
少し先の横断歩道を。
帽子を押さえながら、弾むように駆けていく、笑顔の少女。
その先には
「…………!」
瞳だけ動かして、彼女の軌跡を追った私は、彼女が駆け寄る相手がはっきりと分かる前に目をそらした。
どう見てもそれは、彼女と同年代の……おそらく同級生の、男子生徒に見えたから。
シグナルが青くなっても、しばらく私の車は動くことはなかった。
◇ ◇ ◇
馬鹿馬鹿しい。
舞い戻った自室で、私はだらしなくソファにくずおれて天井を見上げていた。
頭に浮かぶのは、先ほど見た少女のことばかり。
しかし、自分の考えが理解できない。誘いに対して、彼女は確かに用事があると答えた。
先ほどの光景がその用事なのだろう。
彼女は別に、嘘をついているわけではない。やましいことをしているわけでもない。
なのに、何故?
どうして、裏切られたような気持ちになってしまうのだろう?
その答えは。考えたくなかった。
「………嘘だ」
信じたくなかった。
20歳も年下の少女に、剥き出しの嫉妬と独占欲を抱いているなど、自覚したくなかった。
自分は、それほどまでに彼女に本気になっている。
学園生徒としてではなく、レディ候補生としてではなく、彼女を愛している。
「嘘だ……!」
否定すればするほど、自らの想いが溢れてきて。
私は、強い眩暈を感じた。
今朝。無理にでも、彼女を迎えに行っていれば。
初めて考えることではない、そんな考えが頭をよぎる。
彼女が、予定をキャンセルしてでも自分に付き合ってくれる確信はあった。
チケットを用意したのにと、わざとらしく落胆してみせれば。
どうしても無理かと、未練がましい視線を送れば。
あの優しい少女は、必ず頷いてくれるはずだ。
そうやって他の男を近づけないように、ずっと彼女の傍にいることができたなら。
彼女は自分だけのものになる。
ふとそう考えて、私は思わず周りを見渡した。
空恐ろしい思索に戦慄し、しかし、それを否定しきれない自分。
「馬鹿な……彼女の意志を無視して、そんなことが……」
できるわけがない、という言葉は。
音になることはなかった。
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