「……っつっ……たたた……」
突然、下腹部を鋭い痛みが襲った。
とても立っていられなくて、しゃがみ込む。針で刺されるような痛みと、腰のあたりの鈍痛。
息を詰めて耐えながら、あーあ、と少女は心の中でため息をついた。
「!?どしたの!?」
親友がそれを見つけ、声をかけてくる。
走り寄る彼女に弱々しい笑顔を向け、少女はようやくよろよろと立ち上がった。
「なつみん……アレ……ある?」
それだけで、女子にとってはわかりすぎるほどわかる言葉。
奈津実はああ、と納得し、少女に手を貸しながら囁いた。
「私、持ってないけど、だれかに借りてきてあげるよ。トイレで待ってな!
服が汚れたらまずいし」
「うん……、ありがと。たたた……」
支えられながら、思わずうめきが漏れてしまう。
奈津実は心配そうに、でもトイレに行くのが先決とばかりに、少女を引っ張っていった。
「……しかしアンタ、いっつもすごく重いよねー」
「うん……。生理不順でいつ来るかわからないから、そのせいもあるみたい」
授業が始まり、誰もいなくなったトイレ。
奈津実は次限の教師に彼女が具合悪くなったことを話し、保健室へ連れて行く了解を取ってくれていた。
「どう?大丈夫?」
「ダメ……」
さーっと、蒼白になった声が個室から聞こえる。
「昨日からそれっぽかったから、念のためおりものシート付けてたんだけど……」
そんな気休めでは、まったく役に立っていなかった。
幸いスカートは汚れていなかったものの、内部は惨憺たる有様。下着には絞れそうなくらい血液が付着し、それを脱ぐ間にもトイレの陶器肌にポタポタと血痕が落ちていく。
拭くあいだに手や腕に付いた血を、服につけないようにするのも神経を使う。血まみれになっていく手がまるでホラー映画のようだ、と少女は思い、泣きたい気持ちになった。
「生理用ショーツじゃないんだけど、念のため置いといた新品のあるから、使う?」
「あ、ありがとうなつみん……」
個室の仕切の上から、ポーチが用心深くぶらさげられる。
急いでペーパーで手を拭いて、少女はそれを受け取った。
「………大丈夫?保健室、行ける?」
個室から、まさに顔面蒼白で出てきた少女に、奈津実は声をかけた。
「……ゴメン……ちょっと、貧血……」
身体的な貧血と、大量の血を見てしまった故の貧血。
ペーパーで落としきれなかった手の汚れを洗い落とし、トイレを出ると、少女は再び座り込んだ。
「どうしよう。ここで座り込んでても悪化するだけだし、アタシじゃ抱き上げらんないし……あ!」
困り果てた奈津実は、ふと思いついて声を上げた。
「そうだ!理事長、呼んでこようか?」
彼女と理事長のロマンスは、学園でも有名で。
その中でも、双方が本気であることを知っている親友は、名案とばかりに指を鳴らした。
「そうだよ。理事長呼んでくるから、保健室まで運んでもらいな。
で、家まで送ってもらえばいいじゃない」
「い、嫌だよ!」
あわてて、少女は反駁した。
こんなに苦しんでいるところを、しかも治療も我慢もしようがないのに、見せたくなんかない。
しかも絶対、彼は聞いてくるだろう。『どうしたんだい?』と。
言えない。生理痛だなんて、絶対に言えない。
「やだよ、やめてなつみん!」
「えぇー?なんで?」
「だ、だって、なんて言えばいいのよ!?」
「“生理痛で歩けないんです”って言えばいいじゃない」
「やだやだやだ、そんなこと絶対言えないっっ!!!」
「もー。大丈夫だよ、理事長だって大人なんだからさー。
そしたら……貧血で気分が悪いってだけ言えば?」
「保健室のベッドとか汚れたの見られたら、あっ!それより車を汚しちゃったらどうするのよ!
そんなことになったら私、生きていけない……!」
確かに、ソレは気まずいかも……。
認めて、奈津実は頬を指で掻いた。
その間に、しゃがみ込んでいた少女が息を荒くし、床に手を付く。
「……っっ……」
「!意地張ってる場合じゃないでしょ!
理事長呼んでくるからね、それとも、その辺にいる人に頼みたいのっ!?」
叱りつけるように叫んだ奈津実に、しかし、少女は首を振った。
「そ……そ、の辺の、ひとに、お…願いして………」
それだけいうと、少女はぱたりと廊下に倒れた。
「!えーい、この強情ムスメが!誰かいないっ?!」
ぱたぱたと駆けていく奈津実の足音を床の振動で感じながら、少女の世界は暗転した。
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