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 届かない言葉を君に 2 

「……くんだからね。?」
「え。あ、あっ……ごめん、何?」
倖せな回想に浸っていた少女の目の前で、母親がパッパッと手を振っている。
慌てて応えた彼女に、水月は大袈裟にため息をついた。
「はぁ……これだから心配なのよね。ぼうっとしないで、気を付けてよ。日本よりだいぶ治安が悪いんだから」
「……え?」
「だから、あんたも行くんだからね。フランスに」
「え……」
何気なく告げられた言葉に、少女は耳を疑った。

行く?フランスに?私も?

母親の仕事のスパンは、最低でも半月単位。花火大会は八月一日。
あと三週間しかない。
「ちょ、ちょっと待ってよ、私……!」
「パリコレったってショーの間だけじゃないからね、向こうの状況も知っとかなきゃいけないし。
 ま、少なくとも一年はいると思うから、そのつもりで準備しなさいよ」
「………!」
彼女の瞳は見開かれたまま。
水月はそれに気付かず、ウキウキと喋り続けた。
「一年いれば日常会話くらい喋れる様になるわね。帰国子女ってやつ、カッコイ〜でしょ!?……?」
いたずらっぽくクルリと瞳を動かした水月に、彼女はゆっくりと俯きながら小さく呟いた。

「……行か…ない……」
「は?」
「私、行かない。」
「行かない……ったってアンタ。一年よ?何か理由でもあるの?」

理由はある。あるのだけれども。
少女は唇を噛んで、躊躇した。
天之橋とのことは、母親には何も告げていない。それどころか聡い彼女にバレないように日頃から苦心しているから、多分なにも知らないと思う。
だって。
もし彼が、同級生や先輩後輩だったなら、友達以上恋人未満ということで誤魔化したりも出来るだろうけれど。
彼の立場と、学園長とその生徒という自分たちの関係から言って、曖昧な答えでは水月は満足してくれないだろう。
母親を信用しないわけではないけれど、彼のことを話して、訊かれるのも答えるのも……そして何かが変わるのも、怖かった。
『それで、アンタはその人のことを好きなの?』と。

嫌いではない。それは確かだ。何がどうしても、彼を嫌う理由など考えつかない。
けれど。好きと言ってしまうにも、自分の覚悟は足りないような気がした。
そう言ったことで、もしも彼になにか迷惑が掛かっても、きっと彼は自分を責めない。
自分の気持ちに応えるつもりでもそうでなくても、きっと。
起こってしまうことを全部隠して、被って、自分を守ろうとするだろう。

それが理屈でなく自惚れでもなく分かる彼女には、彼が好きと言ってしまえる勇気はまだ、無かった。

「………だって」
しかし、何も言わずに母親が納得してくれないことも分かっている。少女は、思わず似合わない韜晦を口にした。
「友達とも別れちゃうし。……生活、全部変わっちゃうし。そんなのイヤ……」
言ってすぐ、しまったと思う。
そんな彼女の心を知ってか知らずか、水月は少し厳しい口調になった。
「なァにババ臭いこと言ってんのよ。アンタみたいな子供が変化を怖がってどうするの、そんな保守的な子に育てた覚えはないよ。
 それに、離れてたって同じなのが友達ってもんでしょ?」
「……………」

確かにそうだ。
離れても変わらないのが、友情。会えなかった年月を一瞬で埋められるのが、友達。
けれど。
恋は少し、違う。

「そんな理由だったら許さないよ。それに一ヶ月やそこらならともかく、一年もひとりで放っておけるわけないでしょ」
決定的な言葉に、こぼれそうに潤んだ瞳をばっと上げた彼女が。
ゆるゆると首を振りながら足を後退させたそこに、床はなく。

「!危なっ、……!!」

ふわり、と、少女の体が宙に浮いた。

「……………!!!」

スローモーションで。
驚愕の表情をした母親が、遠ざかっていく。



イヤだ……あ…ま………はしさ………?



目を閉じる瞬間、誰かの名前を呼んだ気がした。
  

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