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Red Signal 2
繁華街に入った車は、たくさんのグリーンが綺麗にライトアップされたビルに横付けされた。 ホテルのエントランスのような入り口に立っていた若い黒服が、人懐っこい笑顔で駆け寄る。 「いらっしゃいませ。…連絡くださればVIPを空けてお待ちしましたのに。あいにくふさがってますよ?」 「いい。少し遊びに来ただけだ…車を頼む。」 キィを投げてから、「ぶつけるなよ!」と笑いながら背中に声を掛けた。 雰囲気に呑まれ、どうしていいかわからない少女の手を無造作に自分の腕に引っかける。 「…ぁ……」 顔を赤らめる少女に気付かない風を装って、彼が笑う。 「あいつは前科があるからな。前に車のドアを思いっきり電柱にぶつけて……ドアへこんだ車で帰るのすげー恥ずかしかったんだぜ?見るんだよ、その辺歩いてる奴らがみんな『あ、ぶつけてる』って…」 くすっと彼女が笑ったのを横目で見てから、ポンと自動ドアに飛び乗った。 静かなラウンジバーをまっすぐ突っ切って進むと、入り口からは死角になる位置のカーテンの奥の、鏡ばりの壁に手を添える。 シュンッ、と静かにそこが開き、まず目に飛び込んできたのは、大きなルーレット台。 それを囲み金色のコインを場に積み上げている四、五人の正装の男性と、それぞれにしなだれかかる美しい女性たち。 彼は、呆気に取られる少女を連れて壁際のドリンクカウンターに行き、バーテンダーに出されたグラスを持たせた。 チリン、と鈴のような音を立ててグラスがぶつけられ、少女がやっと我に返る。 「……カジノ…ですね……」 「うん。何かやってみたいのある?」 黒髪を掻き上げてさらりと言ってのけ、グラスに口を付ける彼。 「……すごく、素敵……。静かで、まるで映画みたい……」 「そう?どうも。……ここはスロットマシンは置いてないんだ。うるさいから。」 ポーカーでもするかな、と独り言のように言って、それでもするりと腰に手を回し仕草で少女を促す。 彼女が、戸惑わないように。 彼は、三人のディーラーが立つ細長いカードテーブルの真ん中の席に座り、煙草をくわえて火を点けた。 スーツの内ポケットから紙幣を一束出し、それに応じたディーラーが金色のコインを二山置いて札束を引き寄せる。 慣れた手つきで二山のコインを五つに割ると、煙を細く吐きながら配られたカードに目を通す。 ベット、と声を掛けられると、コインの山を一つ押し出してからカードを二枚伏せ、隣で一生懸命見ている少女を見上げ、何事か囁いた。 聞き取れずに顔を近付けると、頬に、ちゅ、と口づけられる。 「いっ……一世さんっっ!」 「くっくっ……いや、あんまり緊張してるから……面白くて。」 「もう!さっきまでかっこよかったのに!」 頬を手のひらでこすりながら抗議すると、差し替えられたカードを手札に加えて目の前に拡げる彼。 「そう、俺ってめちゃめちゃカッコイーでしょ?」 さっきまでです!と言いかけて、息を呑んだのは。 オープンになった彼のカードが全てハートマークだったから。 「やっぱり、ツイてますね……最近負けっぱなしで、オーナーとやると自信無くなるんですよ…」 ポツリと漏らしたディーラーの言葉に少女が耳を疑う。 「オ…オーナーって…まさか一世さんが!?」 「ありゃ、バレちゃった。……ナイショ、な。理事長の弟が違法カジノのオーナーなんて笑っちゃうからね〜。」 「あ…あの……」 マズかったですか、と目で問うディーラーに彼は手を振って答えた。 「こいつはいいから。俺の女だし……でも客の時は気を付けろよ。」 「誰が一世さんのオンナですか!」 ぷくっ、と膨れた頬に声を立てて笑いながら席を立つと、彼は一礼するディーラー達に片手を上げてカジノを出た。 「もう、やめちゃうんですか?」 ラウンジバーに戻った彼の腕に無意識に手を預けると、少女は少し残念そうに見上げた。 「おみくじみたいなモンだから一回勝負。ツイてる時は仕事もナンパも上手くいく……そういや、ドアぶつけられた日は負け負けだったな。」 そう言うと、キィを持ってきたさっきの黒服が恨めしそうにため息を吐く。 「一世さん…ごめんなさいって謝ったじゃないですか〜…いつまでもいつまでも〜」 「ウン、俺、根に持つタイプだから」 「そんなら、オレだって言っちゃいますよ?色んな事言っちゃいますよ!?」 「サァ、行こうか」 そそくさと店を出る彼に引きずられるようにして、車に乗り込む。 「あ〜あ、聞きたかったのに、色んな事。」 「…………」 「……一世さん?」 発進しないままの彼を小首を傾げて見ると、サングラスを取って急に真剣な目になって少女を見つめた。 ドキッと胸が大きく弾む。 「………煙草、吸っていいか?」 「……は?」 質問の意味が分からない彼女に、彼が重ねて問う。 「運転してる時、煙草吸わないと落ち着かないんだけど、この車狭いから……。いいか?」 なんだ……と少し残念に思ってしまってから、少女は慌てて打ち消した。 「あ、あの、全然大丈夫です!……一世さん、どんな煙草吸ってるんですか?」 その問いに、エンジンを掛けてギアを入れてから、シガーケースがポンと飛んできた。 「わ……カルティエだ。おいしいの?一本もらっていい?」 「いいけど……成長期に吸うと成長しねェぞ。」 横目の視線が胸の辺りに注がれている事に気付いた少女は、またむうっと膨れて視線を逸らすと、取り出した煙草に火を点けて思い切り吸い込んだ。 「ヴッ…げほげほっ…!げほっ!」 「……バカ。」 涙目で咳き込む少女の指からそれを取り上げてくわえ、前屈みになる背中を伸ばさせ、少し強めに叩いた。 「背伸びするなって言っただろ。吸えたって大人になれる訳じゃないのは経験済みだ。」 手元のスイッチを操作し窓を全開にしてから、一口しか吸ってない煙草に目を遣る。 愛車は六速ミッション。 普段、ギアチェンジするのは煙草を持ったまま左手で。 そうすると狭い車の中は立ち上る紫煙で霞がかかった様になる。特に助手席は。 彼は左手のそれをもう一回口に運んで、灰皿に丁寧に押しつけた。 煙の中に置いておく気になれないのは、少女があまりに苦しそうに見えるからか。 それとも……他のオンナとは違うから? 「けほっ……経験…て……?」 「…俺は十三の時から吸ってるからな。親父は事あるごとに天之橋家、天之橋家とうるさくて、早く大人になって、自分の力で生きたかったからヒマさえありゃ吸ってた」 他の車のテールランプが赤く尾を引く。 「一鶴は昔から親父とおふくろのお気に入りで、俺は結構好き勝手やってたんだけど。十六くらいからは殆ど家にも帰らなかったしな……でも、十代は家にいた方がいいぞ。ろくな大人にならねぇから。 ……さぁ、そろそろお嬢ちゃんはおやすみの時間だ。おウチはどこかな?」 「…………」 小さなバッグを持った手がきゅう、と握りしめられる。 お嬢ちゃんとか、おやすみの時間だとか少し胸が苦しかったけれど、優しい声が心地よくて。 彼が、自分の事を考えて遅くならない内に帰そうとしてくれているのも分かってるけど。 でもこのまま連絡先も聞けないで、次の約束もしないで……帰りたくない。 そう思ううちに、いつのまにか車は家の近くの公園に差しかかっていた。 「あ……家…この近くで……。」 少女はちいさな声でそう言った。 聞き逃してくれないかな、と祈りつつ。 けれど、車はスピードを落とし静かに停車した。 「……………。」 「……………。」 どうしよう、何て言えばいいんだろう?子供の遊びだと思われないように、甘え過ぎないように… 考えても考えてもキレイな言葉なんか思い付かない。 彼の腕時計の秒針の音が、急きたてる様に静まりかえった車内に響く。 ついに少女は観念して口を開いた。 「………あのっ、一世さんは一世さんで、すごく魅力的な大人だと思います。今日、すごく楽しかったです。 ……だから、また……遊んでくれませんか?」 うつむいて吐き出すように言われたストレートな言葉に、彼が目を閉じて沈黙した時間は、自覚するのと、少しの迷いを振り切るのに必要で。 やがて、彼はサイドボックスからペンを取り出して、煙草の箱の裏に数字を書き込んだ。 「暇な時、電話しろ。ここに迎えに来るから。……夜遊びはナシだからな。」 それをもらった少女は本当に嬉しそうな顔で、笑った。 「ありがとう……あ!このドレスも!ごめんなさい、色っぽいの……着れなくて」 帰りたくなくて何とか会話を長引かせようとするが、共通の話題は無いに等しい。 仕方なくおやすみなさい、と告げた少女を。 帰したくなかったのは、本当は彼の方。 「。」 後ろから廻された大きな手に、ドアを半分開けかけていた少女がびっくりして固まる。 「本当によく似合ってる、それ。……なるべく早く電話しろ。おやすみ。」 言ったことのない甘い言葉が口を突いたのは、なるべくなら敵に廻したくなかった男が、ライバルだから。 スタートが出遅れたのは……幸か、不幸か? 終わる。 |
あとがき |