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  MN'sRM > GS別館 > GS1夢 > 天之橋・キングシリーズ >

 たたかいのはじまり 1 

「立夏!り、つ、かぁー!」

階下から呼ばれる大声に、少年は読んでいた本にばったりと顔を伏せた。
あのバカ、と心の中で呟いて。相変わらず叫ばれる声を止めるために、急いで部屋を出る。

「りつかー。いないのー?りーつーかってば!!」
「うるっせーよ!インターホンがあるって何回言わせるんだよ、バーカ!」
広い中央階段を下りながら毒づく立夏に、少女はぷーっと頬を膨らませた。

「ちょっと立夏!それが、おかーさんに対していう言葉!?」



少女がこの天之橋邸に、少年の義母として訪れてずいぶんになる。
彼女は、彼の父親が理事長を務める学園の元生徒で。彼の父親と大恋愛(?)の末、在学中に入籍というとんでもないことをやってのけた。
しかし、彼はそれについて、父親を責めたことはなかった。
息子とはいっても実子ではなく、甥にあたる養子の関係だったが、性格は父親と同系統の人間だったので、周りの反対を押し切ってでも欲しいものを手に入れた父親を非難する理由はなかった。

けれど。
問題は女の趣味も、父親と同じだということ。

彼は、一目見ただけで惚れるほど好みの女を、母親という名前で呼ばなければならなくなった。
しかも、自分と同い年の少女を、である。

「母親母親って、偉ぶってんじゃねーよ!俺より年下のくせに!」

そんな彼女に対して、どうしても言動が激しくなってしまうのは仕方ないと言えよう。

「と、年下って……たった5日じゃない!そんなの年下に入りませんよーだ」

しかし、少女はそれにひるんだりはしなかった。
何もかも規模と格式が違うこの屋敷で、唯一自分が歩んできた普通の世界の空気をまとっている彼に、親近感を抱いたこともあるだろう。
初めはその語勢の強さに驚きもしたが、高校の友人にもそんな風にしかしゃべれない男子がいたし、なにより、どれだけ口が悪くても彼は決して彼女を邪険にはしなかったから。
毒づきながらマメに付き合ってくれる彼の態度に、少女はほんの数ヶ月で慣れてしまった。

彼女の口調はすっかり、母子というより友達のような感じで。
それが、立夏にとっては嬉しくもあり腹立たしくもあるのだが……。


「とにかく!おかあさんに謝りなさい、立夏!」

頬を紅潮させて腰に片手を当て、前屈みでメッと指を立てるその姿は、どう見ても怒る母親というより可愛い恋人というイメージで。
立夏は叱られる内容にではなく、その事実に頭を垂れてしまう。

マジかよ……この女。

ひとつ屋根の下で、手を出せない極上の女と暮らすことに神経を削っている彼に対して、その姿はあまりにも甘い誘惑だった。
そのまま抱え上げて自室へお持ち帰りし、美味しく戴きたい衝動を堪えながら、立夏は息をつくと意識して余裕の笑みを作った。

「そんなはしたない大声を出していいのかな?……
「!!」

少女の勢いが、途端に弱くなる。
彼の声は、少し低く発音すると彼の父親にそっくりで。
特に名前を呼ぶ声は、良く聞かないと間違えるほど似ているから。
現在出張中の夫の声で呼ばれると、彼女はどうしても強く言えなくなる。

「ヤ……、天之橋さんの真似したって……許してあげないんだからっ……」
目を逸らす体を、後ろの壁際に追い詰めて。
「俺が悪かったよ。謝るから、許すよな?
「うー……」
至近距離で耳に吹きかけられる囁きに、少女は思わず頷いていた。
「いい子だ」
「きゃっ!……立夏!!」
ぺろりと耳を舐められる感触に声を上げ、ぶんと振られた彼女の手を余裕でよけて。
立夏は父親と同じ表情で、ククッと笑って見せた。
ごしごしと耳をこすりながら、少女は赤い顔をして、腹立ち紛れに呟いた。

「立夏って、そういう人をからかって遊ぶ意地悪なとこ、天之橋さんにそっくりっ」



で、なんなんだよ?俺を呼んでたのは」
立夏が彼女の怒りを無視して尋ねると、少女は少しむっと黙った後、気を取り直して言った。
「えっとね。買い物に付き合ってもらおうと思って」
「………またか?」
少しあきれて、立夏は肩をすくめた。
「おまえは、もうちょっとこの家に慣れた方がいいんじゃないのか?
 服だって物だって、連絡すれば店の方から持ってくるって言ってるじゃねーか」
「やだよ!全部オーダーメイドなんて!」
少女は立夏に抗議する。
「買い物は、買い物すること自体が楽しいんだよ。ウインドウショッピングして、疲れてお茶を飲むのが良いんじゃない。
 立夏はそんなことないの?」
「全然」
あっさりと言い切って、立夏は彼女に背を向けた。
「持ってきてくれるって言うのに、わざわざ出掛ける人間の気持ちなんてわかんねーよ。馬鹿みてえ」
その言葉に、背後で少女が泣きそうになったタイミングを見計らって。
立夏は階段を上りながら、振り返らずに言う。

「今すぐ出掛けんのか?」
「え?」
不意をつかれて、少女は鼻声を隠せないまま問い返した。
慌てて鼻をすすり上げ、拗ねた様子で呟く。
「……バカみたいなんでしょ?」
立夏はもう一度くっと笑って、振り向いた。

「馬鹿だな。おまえの頼みを、俺が断るわけねえだろ?」

意地の悪い瞳に浮かぶ会心の笑みを、少女はきょとんと見返して。
怒るか笑うかしばらく迷った後、とりあえず素直な方の気持ちを優先して、微笑んだ。

 

◇     ◇     ◇

 

「………。いい加減にしろよ」
「もうちょっと!もうちょっとだけっ」

ショッピングモールの服屋の中。先程からかなりの時間、二つの服をとっかえひっかえ試着している少女に、立夏はため息をついた。

「どっちでも一緒だろ……」
思わずそう言うと、彼女はキッと彼を睨んだ。
「それ、禁句!そんなこと言ってると女の子にモテないよ、立夏!」
そんな小憎らしいことをいう少女に、立夏はくすりと笑う。
「バカ……どっちもサイコーに似合ってるって言ってんだろ?」
「………!」
耳元に口を近づけて囁かれる言葉に、少女はぱっと頬を染めて。
その隙に、立夏は彼女の持っていた服を掴んで歩き出す。
「あ……ち、ちょっと」
レジに持って行って、財布を出して。
店員に代金を払ってから、慌てる彼女を振り向いた。
「両方買ってやるから、家でじっくりどっちが似合うか研究しろ」
「え、でも……」
嬉しさと申し訳なさをまぜこぜにして、少女は小走りに彼の横に立つ。
「……いいの?私、どっちかっていうとお小遣いをあげなきゃいけない方じゃない?」
「バーカ」
少しだけ真顔で、ラッピングされていく服を見ながら、立夏は小さく呟いた。
「好きな女にやるのに、自分で稼いでない金を遣うかよ」
「……?」
良く聞こえなかった少女が、不思議そうに首を傾げるのを横目で見て。
顔を笑顔に戻し、服の入った紙袋を受け取って彼女の頭上に掲げる。

「ただし……ひとつ条件がある」
「え?」
「家ん中で大声で呼ぶのは止めろ。鍵閉めてても聞こえんだよ。ガキじゃねえんだから」
だって私、お母さんだよ?という言葉はとりあえずやめておいて(怒るから)。
少女は素直に頷き、長身の彼に届かない位置までお預けされている袋に向かって、ちょこんと両手を差し出した。
立夏の表情が苦笑に変わり、ほらよと声を掛けながらそれを下げると、おもちゃをもらった仔犬のように表情を輝かせて大事に抱き込む。
それをまぶしそうに眺めていた立夏は。
彼女の次の言葉に、愕然とした。

「でも立夏、部屋に鍵なんか掛けるんだね〜」
「……ハ?……」

しばらく沈黙し逡巡した後、まさかという表情で尋ねる。
「おまえ、まさか……鍵掛けてねえなんて、言わねえよな??」
少女も、少し驚いて言い返す。
「え?ぜんぜん掛けたことないよ?」
「………………。」

確かに。
数部屋しかない普通の家庭育ちの人間にとって、部屋に鍵を掛けるという習慣があまりないのは分かる。
自分も、ここに来たばかりの頃は慣れが必要だったから、分からないでもない。

だが同い年の男が同じ家の中にいるというのに、鍵を掛けないのはどういうことなのだろうか?
全然掛けない、という事は。
着替えの時も、寝るときも、風呂に入っているときも……ということだ。
立夏は頭を抱えたくなった。どれだけ自分を誘ったら気が済むんだという気持ちと、自分を完全に息子としてしか見ていないのかという気持ちが鬩ぎ合って、眩暈がする。

額に手を当てる彼の姿に、少女はきょとんとしてその顔をのぞき込んだ。
「なに?そんなにおかしい?鍵掛けないって」
「……おかしい」

立夏に言えたのはそれだけだった。

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