はぐれてしまった友達を捜して、彼女は広いキャンパスを彷徨っていた。
夕方、冬の日は早々に傾いて辺りはもう薄暗くなってきているが、バカ騒ぎ中の大学内は活気に満ちている。
石畳のそこかしこの道ばたににわか露店が出ていて、前を通る度に親しげに呼び止められる。
「ねぇオネーサン、買ってってヨ!」
ひときわ大きな声が飛んできた。
女の一人歩きだから声を掛けやすいのか、それとも自分に何かそういう要素があるのか…そう考えながら出かけた舌打ちを飲み込んで、さも困ったように今まで歩いてきた道にあった露店で買わされた(というかちょうど欲しい物がたくさんあった)(しかもかなり値切った)両手にいっぱいの荷物を持ち上げて見せて、三月は今できる精一杯柔らかい顔で手を振った。
飲み物を売っているらしいその店の若い男は、後ろにいる何人かにこっちを指さして何か喋り、途端に小さなテントの中にどっと笑い声が響いた。
なにがそんなに可笑しい?
まだ続く笑い声を背に、今度こそ舌打ちして足早に歩き出す。
だいたいレナがいけないのよ、気が付いたらいないんだから!携帯はつながらないし、どこで何やってんだか…。
そう考えると少し不安になってきた。
幼い頃からの友達で、京都の名家の一人娘の彼女は、小学校からエスカレーター式の女子校育ち。
共学の、普通のキャンパスに憧れているらしく、学祭に行きたいというので付き添いで来たけれど、世話になった教授に会って数分間立ち話している間にいなくなってしまった。
しばらく休学していたとはいえ二年前まで通っていた、勝手知ったる大学内を二周もして探し歩いたにもかかわらず姿はなく。
お祭り騒ぎの浮かれ気分で、明らかに酔っぱらった学生もちらほら。
そんな中、行方不明になっているのは、おっとりというかふんわりというか…言うなれば『ぱぴぷぺぽ』がつく性格の娘なのである。
可愛いし、世間知らずだからなァ…だからあれほど側にいなさいって言ったのに!
綺麗な柳眉をつり上げた三月は、あちこちにかたまっている人の顔を見ながら歩くのに熱中していた。
「ねえってば!」
「きゃあ!!」
焦っていた最中、急に後ろから背中を突っつかれて素っ頓狂な声が口から飛び出す。
慌てて振り返ると知らない男が両手を上げて立っていた。
「ビックリ、した…ごめん聞こえてなかったの?シカトされてんだと思って。」
人懐っこそうに笑った彼を、三月はあっけに取られたようにポカンと「観て」いた…正確には、彼の頭を。
柔らかそうな髪は背中で緩く毛先だけが結われていて。
てっぺんはふわふわした感じで立っていて。
おでこの少し上あたりにハチマキのように三つ編みが横に走っていて。
等間隔でその三つ編みから、ぴょこんと毛束が飛び出している???
自分でそう整理してみても、何がなんだか解らない髪型だった。
「コレ、ちょっと汚れてるけどかなり大きいから使って。」
この髪はどうゆう風に…
「一つにまとめれば大して荷物にならないと思うワよ?重い物は無いようだし。」
…作るんだろう?
「さっきから声掛けてんのに、全然返事しないから。…誰か探してるの?」
一回、最初っから見ていたいなぁ。
「………ネェ…聞いてるー?」
返事もせずに彼(の頭)を見つめている彼女に、彼が不思議そうに呟いた。
ハッとして、慌てて目を逸らす。
「えっ?あぁ………何?」
「だからネ、その両手の荷物、これにまとめちゃえばそんなに歩きにくくないと思わない?あんまりきれいじゃないけど、使い終わったら捨ててくれていいから、ネ?」
ずっと差し出されていたらしい、白いキャンパス地の大きなトートバッグを思わず受け取ると、触れた彼の手がものすごく冷たくて。
びっくりしてよく見ると、(頭に気を取られて気付かなかったけれど)彼の格好は真冬だというのに、白地に薄紫の竜胆が描かれた着流しに草履。
襟から見える襦袢は朱で、派手ではあるが、あまりにも薄着だった。
「誰か、探してるの?さっきからきょろきょろして。」
「…友達と来て、気がついたらはぐれてて…」
「ふぅん…どんな子?」
「黒髪のロングヘアで……」
思わず口走ってしまってから、慌てて口をつぐむ。
「…髪は黒なのね?で服は?」
気がつかない様子で聞き返す彼に少しホッとして、だいたいの特徴を話しながら注意深く観察した。
海外留学していた三月の実体験から得た教訓は、『男を見たらナンパだと思え』
そしてそれが目的なら、女の子の二人連れだと分かるとかなりの確率で顔に出る。
成功する確率が二倍になるとでも思うのだろうか?男はバカだ(怒)
でも目の前にいる男はふざけた様子もなく、特徴を一つ一つ覚え込むように真剣に聞いている。
非常時だし、この際働いてもらおうっと(笑)
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