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 You're my only shinin' star 1 

「お祭りに行きたい!」


帰宅した彼を玄関先で迎えて。
開口一番そう言った彼女に、氷室は怪訝そうに眉を寄せた。
「祭り?」
「はい!今度の日曜日、臨海公園であるんです。……すごくすごく行きたいです!」
書類鞄を受け取りそれを胸に抱いて、リビングへ続く廊下を並んで歩きながら彼女は氷室を見上げた。
「……騒々しい所は好きではないんだが……」
「だって高校の時は行けなかったんだもん!」
彼女が駄々を捏ねる時はいつも、語尾が強くなる。今日は一段とそれが目立った。
彼は内心、やれやれとため息をついてリビングのドアを開けた。

「なっちんは毎年姫条くんと行ってたし、ミズキは色くんとだったし……珪くんは誘ってくれたけど、でも……先生と行きたかったから……」
しゅんとうつむいて袖をつかむ彼女を見てしまうと、たいていは彼の負け。
その手ではばたきタワーやフリーマーケット、果てはカラオケBOXにまで連れ出されている。
「先生、おねがい!ねぇせんせい〜!!」
向き直って両手をつなぎ、左右に振りながら見上げる瞳に。
されるままになっていた彼が遂に白旗を上げた。

「……わかった。わかったから“先生”はやめてくれ…」
「ほんとう?! やった、やったあっ
リビングをぴょんぴょん跳ねて、そのままきゅうっと抱きついてきた彼女の頬を上向かせ、おあずけになっていたただいまのキスを贈る。
彼女はそれをくすぐったそうに受けてから思い出したように、お帰りなさい、と告げた。

 

◇     ◇     ◇

 

「零一さんっ、朝デスヨー!」

彼女の開けたカーテンに遮られていた日光が部屋中に行き渡ると、彼は額に手をやって瞳に影を作った。
「おはようございます……。」
ベッドに腰掛け、耳元で囁いてからキスすると、彼の手がゆっくり彼女の髪を梳かす。
「おはよう……早いな…… 」
「うん、嬉しくて目が覚めちゃった。朝ゴハン出来てるから……きゃあ!」
体を支えていた右手を払って仰向けに倒し、起き上がろうともがく彼女の手を押さえて深い口づけが落ちる。
「……んっ……!」
「……もう少し、ベッドにいないか?」
瞳に笑みを浮かべる彼の言葉の意味を理解した彼女が、頬を赤らめて慌てて腕をすりぬける。
「もうっ!ダメです、今日は!やる事がいっぱいあるんだから!」
そう言ってパタパタとダイニングに戻る彼女の、男物のパジャマの上着から出た素足を少し名残惜しそうに見送ってから、氷室はやっと身体を起こした。


日中、彼女はずっと上機嫌で、洗濯をしたり花に水をやったり、くるくると楽しそうに働いていた。
時々、待ち切れない、といった感じで時計を見上げる。

夕方近く、遂に不満そうな声があがった。
「もう、全然時間がたってかない!」
その様子に、ソファでコーヒーを飲みながら仕事をしていた彼が苦笑する。彼女はムッとして彼の隣にぽすん、と座った。
洗濯せっけんの匂いがふわりと漂う。

「零一さん、本、読んで。」
「ダメだ。この採点をしてしまわないと……」
「日曜なのに!夏期講習だからって、テストばっかりしてると生徒にキラわれるよっ」
「好かれてもいいのか?」
言葉に詰まり、ぷぅ、とふくれた彼女を見てククッと笑いながら、ぽんと頭に手を置いた。
「もうすぐ終わる。……本を選んで来なさい。」
「ほんと?!零一さん、ダイスキっ ……どれにしようかな、やっぱりあれと、それから……」
「一冊だけだ。」
口づけを頬に受けてから念を押し、数枚残った答案を急いで片付ける。
彼女は弾んだ足取りで書斎に行き、洋書を一冊抱えて戻って来ると、彼の膝の間にちょこんと座った。

彼女に洋書を読んであげることは、日曜日の定番になっている。
きっかけは去年の誕生日。彼がプレゼントしたフランスの童話を、彼女はものすごく喜んだ。
それからの彼は本屋に行くと、最後に必ずそれらの並ぶ棚から彼女の好みそうなお伽話を一冊おみやげに買ってきてくれるようになり、彼女の宝物は今では十数冊も本棚に並んでいる。
そしてそこに座ることも、最近では諦めたらしく何も言わなくなった。

後ろから抱きかかえるようにして本を開き、低い声で読み始めると、彼女は肩に頭を預けて聞き入った。
捕われの姫を騎士が助け、愛を誓うその話は彼女の一番のお気に入りで、彼が最初にプレゼントした本。
読み終わると、ほぅ、と息をつき、大切そうに胸に抱いた。それから時計を見上げ、あっと声を上げた。

「お祭り、始まっちゃう!」

外はもう薄暗く、小さな虫の声が聞こえている。
彼女は少し慌てて支度を始めた。
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