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 memory 3 

まぶしい……もっと寝ていたい、のに。

自分が抱いているやわらかい何かにもっと顔を埋めようとして、ふと意識が戻った。

「…………ぁれ?…アタシったら洗顔もしないで寝ちゃって…」
「あ、せんせいおはようございます」
「あらァ三優、おはよー 今日も可愛いわ……って、なんでアタシ三優に抱きついて寝てるの!?え?アレ?ドコ?」
「………せんせいがスランプでカナダに逃亡したので捕まえにきました。ダメですよ〜いくら行き詰まっても海外まで逃げちゃ!」
「……そ…うだったかしら?……って、アンタ学校は!?三月さんは!?」
「おかあさんには言って来ました。学校はサボりです。まぁ文化祭準備期間だから授業は全然無いし、いいかなって」
「何か…記憶が無いわ……アタシ三優にヒドイ事しなかったでしょうね?」
「いいえ、何も?」

訝しがる彼に平然と答え、それからちょっと眉をしかめた。

「あ、一晩中抱き枕にされてました。だから前にお酒の飲み過ぎはダメですって言ったでしょう?」
「う〜…そう言えば頭痛いわ……ちょっと、シャワー浴びてくるわね……」
「バスタブにお酒と煙草が浸かってますから片づけておいてくださいね?」
「はぁ!?何でそんなモンが風呂に入ってんの?」
「昨日せんせいから取り上げたんです!」
「……スイマセン」

彼がバスルームに入ったのを見届けて、彼女はそっとため息をついた。
自分に別れを告げたことも、ここへ来てからの事もどうやら覚えてないらしい。
とりあえず鞄の中の着替えを出して思案していた時に、インターホンが鳴った。

「三優ちゃん!?いつ来たの!?…今先生普通じゃなくて危ないのよ。あなたに手紙を書いた時は鬱ってただけだったんだけど…」

彼のマネージャーが大きな声を出したので、三優が慌ててしーっ、と口元に指を立てる。

「昨日です。ちょっとビックリしたけど、今は多分元に戻ってます……覚えてないらしくて、今シャワーです」
「覚えてないって……かなりお酒飲んでたから?何かされなかった?」
「いえ、何だか日本を出た辺りから記憶が無いみたいです。とりあえず、ただのスランプで逃げたから追いかけてきたって言ってありますから……あの、それでちょっとお願いがあるんですけど…コレ」

三優がシャツのボタンを一つ外すと、ミミズ腫れになった傷が胸元を横断している。
マネージャーが息を飲んだ。

「……手持ちの着替えは襟元が開いているので困ってたんです。隠せるようなお洋服、持ってませんか?」
「……これ、爪で…?先生が?」

カタン、という微かな物音に、気配を察した三優が慌てて襟を合わせたがすでに遅く。
バスローブ姿の花椿が、前髪から水を滴らせながら青い顔をして立ち竦んでいた。

「アタシが…やったの?」

ふらりと歩み寄ってくる彼に、彼女がやんわりと首を振る。

「アタシがやったんでしょ?……どうして、こんな…ヒドイ事はされてないって嘘?他に何された!?ちゃんと言いなさい三優!!」
「本当です、ひどい事はされてません。…しないようにとても我慢してくれて…ちょっと爪が当たっただけなんです」
「アタシ、どうしちゃったの?全然記憶無いのよ……他には?三優がカナダくんだりまで飛んでくるような事があったんでしょ!?隠さないで教えて!!」
「……え、えっと……」

掴みかかるような勢いで問いつめる彼に、三優がマネージャーを仰ぎ見る。

「………質の悪い芸能記者に三優ちゃんの事を持ち出されて、病院送りにしたのは覚えてる?」

観念したようにマネージャーが口を開いた。

「………………口論までしか…」
「じゃ、そこからね。肋骨三本折って入院。……その後色んな雑誌に先生に怪我をさせられたっていう話を売ろうとしたらしいんだけど、どうもその人自身が警察には行けないような身で、被害届や告訴状といった物が出せなくて証拠がないし、雑誌社はうちの特集したり広告載せたりがあるから取り合わなくて。……そしたら、夏物のデザイン画が入ってるスケッチブックが盗まれた。……未遂だけれど」

花椿がおぼえていない、と首を振る。
いつの間にか三優がしっかりと彼の腕を抱き締めていた。

「お店の方に新しく入ったバイトの女の子が、どうもその芸能記者に丸め込まれたらしくてね…アトリエで制作してた子がトイレに行った隙にスケブを持って逃げようとした所にちょうど先生が通りかかって、お店の外まで追い掛けた。……うちの店の前の道路、交通量多いじゃない?向こう側に渡れば逃げ切れると思ったのか、道路に飛び出して……」

冷や汗なのか、彼の身体が汗ばんで、小刻みに震えている。

「危うく車にぶつかりかけたんだけど、急ブレーキで止まったので大丈夫だったの。……でも先生が気を失ってしまって、それからが大変。全員クビだとか、デザイナーをやめるとか……三優ちゃんと別れる、とか」
「……………思い…出した…」

顔色は白いほどに血の気が引いて。
記憶の糸をたぐるように一点を見つめたまま、無意識に彼女を抱き寄せる。

「……ミカエルがね、アタシのスケッチブックを破いちゃったの……親戚のお姉ちゃんの結婚式の前の日だった。お姉ちゃんのウェディングドレス姿を書いてプレゼントしようと思ってて………アタシは怒って、木の枝を拾って…ミカエルを追いかけ回して」
「……せんせい?」
「多分遊んで欲しかっただけなの。僕が何時間も絵を描いてたから遊んでって、スケッチブックをくわえて追い掛けてきて欲しかっただけだったのにボクが」

バチン、といい音をさせて、彼の頬は下から伸びてきた二つの手のひらに挟まれた。
彼女が笑顔でそのまま引き寄せ、彼の唇に自分のそれを重ねる。

「……せんせい、ちゃんとわたしを見て。……だいじょうぶだから、ね?」
「三優………ゴメン、ありがと。ちょっとヤバそうになったらつねってチョウダイ。……多分アタシが五歳くらいね、ミカエルっていうのはウチにいた犬で、生まれた時から一緒でね…」

木の枝で追いかけ回した時に運悪く門が開いていて、スケッチブックをくわえたまま外に逃げた犬は車に轢かれてしまったのだと、花椿が懐かしそうに、悲しそうに話した。

「……じゃあ、あの時の事が原因で?」
「多分…自分の側にいるとみんな死んでしまうと思ったような気がするわ。みんなから逃げて思い出したくないから酒かっ喰らって…馬鹿みたいね。三優、放っておけば良かったのよ?アタシひどい事を言ったんでしょ?」
「……だってせんせい、泣いてたから」
「…………え?」
「別れましょう、とか最高の美少女を見つけた、とか言いながらずっと泣いてて、だから意味が分からなくって」
「…………それって、マジで?」

ひくひくと口元をひきつらせながら花椿が問い返すと、聞いていたマネージャーも大きく頷いた。

「“全員クビよ、アンタ達みたいに使えない人間初めて!”って言いながらボロボロ泣いてましたよ?だからみんな辞めるどころか、先生がまともになった時に困るからって夏物の制作終わらせてますよ?」
「…………は、は、恥ずかしいじゃないのーーーっっ!!クビって言われたら辞めなさいよ!!」
「……あ、じゃあ…本当に別れた方が良かったですか……?」
「駄目!!それはダメ!三優はダメよ!?追い掛けてきてくれて本当にありがとうございましたっ!!」
「………ほほーう?じゃあ製作陣は本当に辞めてしまって夏物のショーは中止になった方が良かったんですね?」
「………うっっ……アタシが悪うございましたチクショー!分かったわよ、全員給料10%上げるわ!!だからこの話題にはもう触れないでチョーダイ!!」
「……えっとー、今年の慰安旅行はオゥストレィリア〜ですよね?」
「この上マダ!?アンタ鬼!?」
「いえ、嫌なら別にいいんですけど〜………」

マネージャーが三優に聞こえないように後ろに廻って囁く。

「………私、ここで二度ほど押し倒されかけましたよ?……」
「イイワネ!!!オゥストレィリア〜!!賛成っっっ!!ゴールドコーストの海と浜辺とアボリジニが待ってるわヨ!!」
「ですよね〜♪」

マネージャーはニコニコしながら帰り支度を始め、花椿は精根尽き果てた顔でため息をついた。
これでチャラになると思ったら大間違いなのよネ…、と心の中で呟きながら、しばらくは口答えも出来ないであろう未来を憂いた。

 

◇     ◇     ◇

 

帰国して、極上の酒を携えて彼女の家に謝罪しに行くと、何故か機嫌が悪い人の見本のような顔をした天之橋が同席していた。

「……三優、こんな男とは別れた方が幸せだよ?」
「……え…えっと…」
「アンタ何!?いきなり!!」
「うるさい!一度自分から手を離したお前にとやかく言う権利は無い!可哀想に、三優はショックで一週間も学校に来れなかったんだぞ!?」
「あ、あの〜…それは風邪を引いてしまって」
「………は?風邪って…本当に風邪?」

メープルシロップの瓶を抱えた天之橋が問い返すと、きょとんとしながら三優が頷いた。

「熱はなかったんですけど、扁桃腺が腫れて食べ物が通らなくって……3キロ痩せちゃいました」
「アハハハ!早とちりだったようね!?今回は幼い頃のトラウマで、無意識とはいえアタシが馬鹿だったのは確かよ?でもそれはもう済んだ事なのよ!ちゃんと思い出したからもうこんな事は無いと思うわ。…三月さん心配かけてゴメンナサイ」
「あら……今回のってトラウマが原因だったの?もしかして犬のミカエルの話?」
「おかおかおかあさん!?!?何で知ってるの!?」

三優が驚いて立ち上がり、花椿は下げた頭を上げかけたまま硬直している。
そんな中、三月はさも何でもなさげに紅茶をひとくちすすった。

「大昔にベロンベロンに酔っぱらった花椿くんが話してたわ。ボクがボクがって泣き出したからグーで殴ったら次の日にはケロッと忘れてたけど」
「お……おかあさん、何もグーで殴らなくても…」
「あらァ?じゃあ三優はどうやってなだめたの〜?イイコイイコでもした〜?」
「ええっと……別になだめたっていうか……」
「……三優、泣いて女性に甘えるような男はやめておきなさい」
「うるっさいわネ!!!アタシもうお酒なんか飲まないワーーーー!!!!」

絶叫で誓った今回の花椿の禁酒は、三月によってその後一時間半で終わりを告げて。

翌年の正月、久々に実家に帰った花椿に、実はミカエルは轢かれたものの足を骨折しただけで、その後猫好きの父親によって親戚の家の猫とトレードされたという驚愕の事実が突きつけられるのであった。

FIN.

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