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 天使のたまご 3 

たくさんの決まりきった挨拶や、聞き飽きたお世辞。
一周回っただけで嫌気がさした彼は、隅のベンチでふてくされていた。

「まったく、アタシにだけこんな面白くない仕事押しつけて……ただ居ればいいって言ってたクセにっ……」

一緒に来るはずだったチーフが急用だと言い残し、店を出る直前で消えて。
仕方なく一人来た彼が考えるのは、聖夜に、自分のいないパーティに出ている少女の事ばかり。
彼女の周りにダンスに誘おうと取り囲む男子生徒がいて。
優しいあの子のことだから、ちょっと困った顔をして。
平等に、全員断るのだろう。
「帰っちゃおうかしら〜……もう終わってるわよねェ〜……」
もう未成年には遅い時間帯、マナー違反を知っていてもサイレントにして持っている携帯は、沈黙したまま。
彼女の性格から、こちらの状況を気にして連絡はしてこないだろう。
分かっていても手放せない自分に半ば呆れながら、何度目かのため息をついた時だった。

「ごきげんよう。ちょっとよろしいかしら、先生?」
「わたくし達、先生のお洋服のファンですの。お会いできて光栄ですわ。」

ウンザリしながらも立ち上がると、声の主の婦人に笑みを返す。

「こちらこそ。あいにくマネージャーが席を外してまして、お仕事のお話なら今は……」
「いいえ、そうではございませんの。わたくし達とても心配で……」
「何が、ですか?」
話を切り上げそこねた彼の声のトーンが少しだけ低くなる。
「最近の先生のお作りになるお洋服は……なんていうか、とても可愛らしくていらっしゃるでしょう?」
「そうですわ、わたくし達困っておりますの。とてもわたくしの様な者には似合わなくて。」
「不躾な事を申しますけれど、お値段も……わたくし達先生の新作を着るのがとても楽しみでしたのよ。一点物ですからなかなか手に入らないお洋服でしょう?お友達にも自慢できてわたくし達のステイタスでしたのに、ねぇ?」
「そうですわ。今までのお洋服はとても素敵でしたわ。……けれど」
一段と低くなった声が、婦人の言葉を遮る。
「つまり、アタシの作る服が気に入らないのね?そうねぇ、悪いけど……………」

彼の瞳が遠くの一点を捉え、言葉が途切れた。
喧噪が遠のき、人混みはそこだけを残してグレーに変わる。

……三優……?」

ゆっくりとだが、確かに自分をまっすぐ見て、近づいてくる少女。
純白の、プリンセスラインのドレスには、襟元や袖口に舞うような羽根をあしらってあって。
首にまいたショールを後ろで結んで、背中に羽根があるように見えて。
それはまさしく、彼の中にある『天使』だった。

「ごきげんよう、花椿せんせい。」

自分の所にたどり着いた少女がふわりと笑う。
いつの間にか、会場全体が静かなささやきを伴って、こちらを注視していた。
「お話中、ごめんなさい……どうしてもあなたにクリスマスのお祝いを言いたくて。」
夢の中にいるような彼が我に返ったのは、少女の手が細かく震えているのに気付いてからだった。
「いいのよ、三優。こちらの話は終わったから。」
優しく微笑んで少女の手を取り歩きかけてから、彼が思いだしたように振り向いた。

「悪いけど、この子に服を作れるのがアタシのステイタスなの。だから、アンタ達が欲しいような服はあと二十年は待っていてちょうだい。アデュー」


パーティ会場の隅では、天之橋と奈津実とチーフがグラスを合わせて、出ていく二人を遠巻きに見送った。
「けどびっくりしたよ〜?ちょっとイジワルしてあのドレス他のと混ぜといたんだけど、選びもせずにアレを着たもん。実は作る途中で見せてたんじゃない?仮縫いとかさ〜」
「それはないわ。先生は大事なもの隠すところ、いつも同じなの。自分の部屋の、一番右のクローゼットの中。鍵はドレッサーのアクセサリー入れに入っているペンダントトップ。笑っちゃうわよ、片思いだったころに作った服も何着もあるのよ。それに、先生が三優ちゃんの服作るのに、仮縫いも採寸もいらないわ。」
「え〜意味深だな〜それ!」
はしゃぐ奈津実の頭を撫でて、穏やかに天之橋がたしなめる。
「こらこら、そろそろ君も帰る時間だよ。」
「あっ…と、私も仕事に戻らないとね。多分今日あのドレスを見た客から問い合わせが殺到するから、早めに生地を注文しとかないと。今日の仕事は大成功だわ、やっぱり三優ちゃんにハッパかけたのは正解ね。」
「そうだ、今後の参考にそれ聞いとかないと!ね、なんて言ったの?」
「別にそのままよ?先生が作りたいのはあなたの服なのに、それを否定されそうな時に先生を一人にしといていいの?って。楽しかったわ、じゃあね。」

 

◇     ◇     ◇

 

家まで送られる車の中、奈津実が前を見たまま口を開く。
「このドレス、ありがとっ……」
「ハハ、気がついたかい?」
「あたりまえじゃない、これだけ目立つ目印付いてんだから。」
奈津実が胸に留められた薔薇の花びらを一枚取って、彼に投げつける。
「二年も前のことを、まだ覚えてんの?あの部屋にあんないっぱいドレスためて。いいかげん忘れてくんないかなぁ。」
「いや、君には感謝してるよ。女性は、ドレスにジュースをこぼしたから帰る!なんて泣くものだなんて、男には考えつかなかった。……あの日は君の気に入るドレスを探して、結局車の中で日付が変わってしまって……」
「それ以上言うと、歩いて帰る。」
ふくれた奈津実がドアロックを外すと、天之橋が慌ててブレーキを踏んだ。
「君って子はまったく……悪かったよ。もう言わないからロックしなさい。」
「聞いてもいい?」
素直に、言われた通りロックをかけながら奈津実が口を開く。
「……何かなお姫様?」
「このドレスってさー、理事長が花椿先生に注文したの?」
「そうだよ。」
「ピッタリなんですけど?」
「ハハハ、私も技術と才能さえあれば君のドレスを作って、クローゼットにためていたかも知れないな。」

FIN.

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