「ぐーぐーぐー……」
即座に寝たフリをして、回らない頭で必死に言い逃れを組み立てる。
けれど。
「……わ・た・し・が、何だって?」
強い調子で重ねて問いながら近づいて来る足音に、逃れられないことを悟って、花椿は取りあえず話を逸らそうと顔を出した。
「…………べぇつぅにぃ〜。それより何やってたのよ、三優をアタシの部屋に置いとくなんて……」
「医者を呼びに行ってたんだが……何かまずい事でも?」
一緒に入ってきた白衣の男性に診察を指示しながら、天之橋はさらりとかわす。
それを聞いた花椿が、少しだけ声を荒げた。
「大アリよ!あんた、アタシの事バカにしてんのかしら?一緒にいちゃいちゃ来るんなら、傍から離さないでくれる?」
「言っている意味がよく分からないが……熱で少し気が立っているのかも知れないね。じゃあ三優、行こうか?」
天之橋が殊更に優しく少女を促すと、それまで二人のやりとりを不思議そうに聞いていた少女が、慌てたようにかぶりを振った。
「わたし…わたし、ここにいます。天之橋さんはお仕事に戻って下さい。」
「は?」
医者に注射を打たれながらしばし呆気に取られた後、花椿は困ったように少女に告げた。
「な……なに言ってんのよ。アタシなら大丈夫だから、ね?ホラ、一鶴と一緒に帰んなさい。」
「三優、花椿もいてほしくないみたいだよ?」
「誰がいてほしくないなんて言ったのよ!?」
「……ほう。では、いてほしいんだね?」
ぐっ、と花椿が言葉に詰まる。
だめだワ。一鶴は昔から誘導尋問が得意なのよ!
困ったわ、さっき幻覚だと思って変なこと言っちゃったからっっ……
話し込むとヤバそうな親友を無視して、花椿は少女の方を向いて優しく諭した。
「……ね、ねぇ三優?多分ね、インフルエンザだと思うの。ね、そうよね医者?そうでしょ?そうでしょうっ!??
ほら、聞いたでしょ?感染るから看病は遠慮するわ……。とーっても、いて欲しいんだけどね、涙を飲んで辞退するわ〜。」
鞄から薬を出していた医者を眼光で脅しつつ、腫れ物に触るような言葉を掛けると、三優はぱっと顔を輝かせた。
「わたし、二ヶ月前にインフルエンザの予防注射してるんです!だから感染りません。
……そうだ、この前の約束の時の交換条件、これにします!ここにいていいですか?」
少女の子犬のような瞳と言葉に、花椿は頭を抱えた。
「あぁ、もうっ!ダメったらダメなの!そういうのは好きな男になさい!」
その言葉に、天之橋がにやりと笑って口を挟んだ。
「だから、聞いてみればいいじゃないか。三優、私の事が好きかな?」
「……!!」
唐突な問いに、花椿は一瞬絶句して。
「……?はい。」
親友を見上げて不思議そうに、しかしはっきりと答える少女に、ふっと視線を外す。
天之橋はますます可笑しそうな表情になって、更に尋ねた。
「じゃあ、花椿の事は、……好きかな?」
「な!な、ぐぇほっ、げほげほっ……むせたワ……っバカじゃないのあんた!!何言ってんのよ!?
……って、え?」
気力だけで飛び起きて食ってかかる花椿に、天之橋は親指で隣を指し、片目をつぶって見せた。
そこには、熱がある自分よりも頬を朱に染めて、俯く少女。
一瞬、沈黙が流れた部屋に、ちいさな声が響く。
「………え、と……あ…の、……ハィ……」
「……だ、そうだ。では私は仕事に戻らせてもらうよ。」
診察が終わった医者に目で合図をして退出させ、その後に続こうとする天之橋。
「え!?えぇ!?ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんた、この娘の事っ……」
訳の分からない花椿が、慌てて呼び止める。それに顔だけ振り向いて。
「お前好みの、素敵なレディになっただろう?私に感謝しても構わないよ」
ベッドの上の親友に極上の笑みを残し、彼はぱたりとドアを閉めた。
「三優……知ってた、んでしょ。……いつから?」
「……え?」
肩を落として目を伏せたまま尋ねる彼に、少女も頬を染めて俯いた。
「えっと……その、……ここに来る途中、天之橋さんが……」
あの野郎、ハメたわね!!
心の中で悪態をつく。
どうしても彼女の顔を見られなくて落としたままの視線が、ふと膝に置かれた少女の手に釘付けになった。
「あんた!その手どうしたの?血が滲んでるわよ!?」
「あ、これ……平気です。ちょっとアイスピックがかすっただけで」
サイドボードに置かれたボールに目をやると、氷水に浸されたタオル。
親友が飲むブランデー用のロックアイスをクラッシュして作ったらしい。
「あんたって娘はホントに!ぶきっちょなんだからそんな事しなくていいのよ!あぁ、もう、きれいな手が台無しだワっ!」
『大丈夫』と言いかけた時には、すでに花椿の姿はベッドには無く。
少女は慌てて追いかける。
「ホントに大丈夫ですってば!それより花椿せんせい、寝てないと熱が上がっちゃいますよぅ!」
「熱なんてもうないわよっ!それより、アタシのモノになったんだったら勝手にキズなんか作らないでくれる!?こっちがイタいのよ!!」
勢い込んで救急箱を開けて手当を始めた花椿は、目を上げずに続けて言い放った。
「それと!バラされたみたいだけど、やっぱりアタシの口からはっきり言っとくワ!……ちゃんと三優のこと、好きだからね!……」
耳まで真っ赤になり、普段より少しだけぶっきらぼうに少女を抱き寄せて。
『アタシ寂しがりだから、なるべく一緒にいてよね?』
そう耳元で囁いて、花椿は白いウエディングテディの片方を少女の膝に置いた。
◇ ◇ ◇
「あら?もしかして三優ちゃんと先生、まとまったんですか?」
部屋の前でドアにもたれている天之橋を見るなり、チーフは事も無げに言い放った。
「しょうがないわねぇ。じゃ、ショーは出来てるのとアレンジで何とか……先生は急病で静養中、っと」
おもむろに手帳を取り出して赤ペンで予定を書き替える彼女を見て、天之橋は苦笑しながら呟いた。
「……私だけだと思っていたんだがね……」
FIN. |