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 ずっと、きみを、みてる 1 

「わかったわよ、行けば良いんでしょ!」

叩きつけるように受話器を置いて、花椿は額に手を当てた。
目を閉じて何度考えても、出るのはため息ばかり。
そのまま五分ほど堂々巡りを繰り返し、彼は諦めたようにもう一度受話器を取り、掛け慣れた番号をプッシュした。


「……三優?」
店の一角に作られたプライベートサロンのガラス戸を開けると、鮮やかな観葉植物に囲まれた白木のテーブルセットにちょこんと座っていた少女がぱっと顔を輝かせた。
「お仕事、終わりました?」
嬉しそうな声が胸に痛い。
「あぁ……あのねぇ………ごめん!
 今度一緒にショーをする予定のデザイナーが……その、盲腸で。アタシの方の作品をあと10点増やさなくちゃいけなくて……それで……」
頭を下げて手を合わせると、少女の顔に一瞬だけ浮かぶ落胆の色。
それが、本当に、痛い。
「本当に……ごめんね」
「そんな。お仕事だから、しょうがないです。……今度は何にしようかな。次までに考えておきますねっ」

これで三回連続、しかも全部自分の急用での、予定変更。いうならば、ドタキャン。
少女が、自分のショーで使った白いテディベアをうらやましそうに眺めていたのを見て、家にあるコレクションを選ばせてあげると約束したのはもう、一ヶ月も前の話。
空かないスケジュールを無理に空けて、ギリギリまで待たせて。
それでも、容赦なく舞い込む仕事に約束を果たす事が出来なくて。
その度に、少女はショーの招待券だの雑貨屋の新作バレッタだの、他愛のない物を欲しがってみせる。
自分を責めることも、時間を縛るような交換条件を出すこともせず、笑って許してくれる彼女に余計に自己嫌悪が募って。
いっそ責められたら、謝りに謝り倒すこともできるのに……。


「やぁ、お嬢さん。ご機嫌いかがかな?」
電話して十分で、親友はにこやかにやってきた。
「今日も出番よ、一鶴。……あぁ、もう!いらいらするわっっ!」
「ハハハ。私は思いがけないデートを、神に感謝するよ。……さ、行こうか、三優?」
「あ……ハイ。じゃあ、花椿せんせい、お仕事がんばってくださいね。」
気遣わしげな少女に、にっこりと笑って手を振る。

もし、今。
この場で、自分の想いを吐き出したら、どんな顔をするのかしら?
彼女も……そして親友も。
アタシがこの娘を、一時も離したくない……あんたにさえ、渡したくないと思っていると知ったら。
この、彼女を誰よりも大事にしている親友は、きっと。
真っ向から勝負に出てくる。

笑顔を崩さないように注意して少女を見送りながら、花椿はそんなことを考えていた。
何も知らない、誰からも愛されている天使のような少女の傍にいたいと願えば、こうして笑っているしかないから。
それでも……いつかは壊れてしまうのだろう。
危うい所で保っている糸が切れて……愛してると告げてしまったら。

彼女の肩を抱いてガラス戸をくぐる親友から、一瞬向けられる抗議の視線。
何が言いたいのかはわかりきっている。
一回ならまだしも、三回目。
守れない約束をするな、そういう眼差し。

自分と同じくらい忙しいはずの親友は、彼女のこととなるとすぐにでも時間を空ける。
そして、空けた時間はきっと、元々充分とはいえない睡眠時間を削っているのだろう。
その努力、そこまでする理由。どう考えても、自分と同じ感情を抱いているからとしか思えなくて。
それなのに、現実にしてあげられることはこんなにも違う。

多分、勝てないわ……。

花椿は大きなため息をついて、忌々しい約束に出掛けるべく、コートを羽織った。

 

◇     ◇     ◇

 

「どうしたんだい?さっきから、ため息ばかりだね?」
スカイラウンジで軽く食事をした帰り道、ハンドルを握る彼は前を向いたまま心配そうに聞いた。
「えっ?あ、ご、ごめんなさいっ……何でもないです。」
少女は慌てたようににっこり微笑んだが、それでもすぐに視線が足元に落ちてしまう。
天之橋は苦笑気味に言葉を継いだ。
「花椿の事かな?……とても忙しい様だね。あいつの仕事は、あいつの頭の中にしかないから……私の様に誰にでも出来る仕事ではないからね。
 決して、君との約束を蔑ろにしている訳ではないんだよ?」
「そんな、わたしの事はいいんです。ただ……あまりお休みもないようですし、お身体を壊さなければいいんですけど……」
小さなバッグの肩紐の辺りをいじりながらしばらく考え込んでいた少女は、急に気づいたように顔を上げた。
「……あ、あっ!天之橋さんもお忙しいのにいつもごめんなさいっ。
 一人で帰れますって、何度も申し上げてるんですけど……花椿せんせい、聞いてくれなくて」
「いや、私は大丈夫だよ。一人で取るはずの食事が君と一緒だなんて、むしろ嬉しい位でね。……まぁ君の気持ちを考えると、喜ぶのは不謹慎だけどね。」
そう言って笑いながら、天之橋は徹夜でスケッチブックに向かっているであろう親友を思った。

全く、何をやってるんだか半ば呆れてしまう。
少女がどれだけ学園の男子生徒の注目の的か、この愛くるしい様子で見当がつかない訳ではないだろうに。
あの男にとって、仕事は何物にも代え難いポリシーであり夢である事は分かっているけれど。
付き合いが長い分、態度と視線で、彼女にどれだけ本気かもちゃんと分かる。
真面目な意志表示は昔から苦手だったが、だからといってまごまごしているとそのうち本当に誰かに攫われてしまうだろう。
何とか危機感を抱かせるように、言動に注意しないと。
まったく、世話の焼ける……。

少女に気づかれないようにため息をつきながらも、この世で自分だけが知っている両想いに笑みが漏れた。

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