「何よ!しつこいわヨ、一鶴!!誰がどう見たってアタシの勝ちだったでしょう?!アンタがアタシに勝つなんて百年たってもムリだっちゅーの!」
「お前がスタートしてから私が馬に乗るまでのタイムラグを考えてみろ。あれは私の勝ちだ!」
「ナニ言ってんの。アタシは三優を抱っこしてたんだから、チャラよそんなの!ねぇ、三優!?……ってアレ?」
怒鳴り声が響く空港で花椿が振り返った時には、さっきまで行き交う人々の視線を気にして、二人を止めようとしていた少女の姿はなかった。
少し慌てて見回すと、観光客相手の土産物店の店先に人だかりが出来ている。
よく見ると、それは全て見知っている顔だった。
『ミユウ!このショートブレッドクッキーはお勧めなんだ!絶対美味しいから、また食べたくなったらすぐ来てね!?』
『このメーカーのチーズは俺んとこの牧場の牛のミルクを使ってるんだよ。今度来てくれたら作りたてをごちそうするから!』
『ミユウ、テディ・ベア好きかい?これが可愛い、…でもこっちも可愛いね…いいや、二つとも買ってあげる!』
「三優の為にハロッズの紅茶を買って来たんだよ!オレンジ・ペコだからミルクティーにしたら美味し…い……」
背後の異様な殺気に、三優にお土産を渡す取り巻きに混じっていたジムが恐る恐る振り向いた。
「アンタまで、何やってんのヨーっ!!…あぁ、もう!触らないでって言ったでしょーっっ!!」
『ゴローこそ独り占めするな!お前はファンクラブにも入ってないじゃないか!』
「ファン…クラブぅ!?」
「ボク、作りました。会費集めて、年に一回レディ三優をイギリスに招待するんだよ。なぁ、みんな?」
渡された山のようなお土産を持って曖昧な笑顔を浮かべていた少女を見てジムが言った。
わらわら集まっていた自称ジェントルマン達が口々に”そーだそーだ”と、満足げに頷く。
「……勝手に決めてんじゃない!!」
「…まぁ、いいじゃないか、花椿。」
天之橋が群がる男達の真ん中から少女をさらい、触られないように高く上げる。
『ジム、会費を倍にするんだな。三優をイギリスに呼びたいなら私も一緒に呼ばないと…彼女は私の婚約者だからね。』
途端に起こった激しいブーイングの中を堂々と退場する天之橋は、これぞまさに優越感、という表情で微笑んだ。
「天之橋さんっ、あそこっ、マリィがいる!」
呆れたようにベンチで馬鹿騒ぎを見ていたマリィを見つけて、少女が慌てて降りようともがいて。
抱き留められながらようやく足を地につけた少女を、マリィが手招きで呼んだ。
『何やってんの?大騒ぎして、恥ずかしいわね。』
『…あ……ごめんなさい……』
ぱたぱたと走ってきた少女を見て、マリィがつんとそっぽを向く。
『言ってることは分かるのね。…後味悪いから一応言っとくけど、アンタがよく喋れないなんて知らなかったのよ。自己紹介は英語でしたじゃない、だから…………悪かったわね。』
ゆっくり話すマリィの言葉に、少女がぷるぷると首を振って答えた。
『…あの……あのね、マリィ。…あの時…えっと…なんで来たのって聞いたでしょう?』
『もういいわよ。イチと離れたくなかったんでしょ。』
『んーん、違うの。……あなたに会いに来たの。』
『は、ん?』
『あなたや、ジムや…たくさんの、彼の大切な人に…会いに来たの。彼の大好きな…景色を見に、来たの。』
たどたどしく話しながらにっこりと笑った少女に、マリィが溜息をついた。
『アンタ…バカじゃないの?いーい?言っときますけどねぇ、私はイチの事を諦めたわけじゃないんですからね!高学年になったらイチの学校に留学するんだから。そしたら毎日イチと一緒よ!首を洗って待ってなさい!』
『……わかったー、楽しみに待ってる!…そうだ、コレ!ピンクのリボンとブルーのとどっちが好き?』
『何よ、テディ・ベア?』
『あのねぇ、二つもらったから、一つあげる。』
『…子供扱いしないでよっ、小学生じゃあるまいし!』
『……なんで?普通抱いて寝るよね?ふわふわで気持ちいいしー。』
『……………。』
ぬいぐるみを抱き締めてにこにこしながら、もう一つを渡されたマリィが力無くうなだれた。
イチの好みを聞いて完璧なレディになったのに…私の努力は何だったの……
FIN. |