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 ルービックキューブ 2 

「びっくりしちゃいましたよー、聡センセがどうして保健の先生なんですか?病院は?」

慣れた手つきで三人分のお茶を煎れながら、少女がのんびり聞いた。
「弟が大学を卒業して帰ってきてね、親父にしごかれてるよ。もともと病院は弟が継ぐ約束で、僕はその間の中継ぎだっただけだから。」
「そうなんですか。じゃあ、大先生も安心ですねっ。」
少女が何の迷いもなく自分の隣に座ったのに、少しだけ気力と落ち着きを取り戻した天之橋も、なるべく穏やかな声で口を挟んだ。
「小澤くんは、小さい頃はあまり丈夫ではなかったのかな?」
「はい、中学生まではしょっちゅう風邪をひいて熱出してました〜。行くとセンセが絶対注射するんですよ!?上手だから痛くはないんですけど、やっぱり怖いじゃないですか。なのに絶対、必ず、間違いなくするんです〜。」
思い出してしかめつらになる少女に、彼が優しく諭した。
「熱があるならしょうがないね、お医者さんなんだから患者の身体の事を一番に考えてするんだよ?」
「でも…あっ!そういえば痛い注射もされた!麻疹で熱が四十度出たとき、おしりに!お母さんも先生も絶対注射しないって約束したのに!(←七歳の時)」
「お尻に注射した方がよく効くんだよ。でもお尻は筋肉が発達してるから間違いなく痛いんだけどね。あの時は非常事態だったからね…でもその後、お詫びにデートに連れて行っただろ?(七歳)」
「そうそう、遊園地連れてってもらった!約束破ったんだから!なんて、女王様気取りで(笑)
 そう言えばわたしのファーストキスもその帰りに、聡センセにだった!(七歳!)」

途端に、がちゃがちゃんと派手な音を立てて、カップとソーサーが壊れそうにぶつかった。
少女が驚いたように話を中断し、隣を振り向く。
「あ、天之橋さん!?大丈夫ですか!?」
「……いや、……大丈夫。」
思い切り疎外されている話の内容に耐えきれず、動揺を表に出してしまった彼は、引きつった笑みを浮かべて応えた。

やはり引きとめるのではなかった……
後悔と頭痛が渦を巻く頭の中に、「おしりに注射」と「ファーストキス」の二文字が新たに加わる。
これ以上、彼女とこの男の会話を聞いているとまずい。
まだ実際には着任していない職員に対して、いくらなんでも雇用する前に解雇を言い渡す訳にはいかないだろう。
しかし

「あぁ、そうだ。今日は夕方から親父が学会に出張でね、弟一人では何かと不安だろうから……今日はこれで失礼するよ。」
「えぇ!?そんなあ!」
空気の圧力が限界値を超える直前、絶妙なタイミングで席を立った彼は、不満そうな少女に笑いかけた。
「ごめん。急ぐから、お菓子はまた今度食べさせてね。………お邪魔しました、理事長。」

殊の外「お邪魔」に力を込め(たように聞こえた)、すたすたと出ていった男を憮然として見送り。
天之橋はソーサーごとカップをテーブルに置いた。
扉が閉まってから、その表情に気付いた少女が、気遣わしげに声を掛けた。
「あの、…お疲れなんですか?天之橋さん?」
「あ、いや、なんでもないよ…久しぶりに懐かしい人に会えて…よかったね。」
本当に苦労して何とかその台詞を口に出すと、彼女が嬉しそうに笑う。
「はい。本当になつかしいです!あの頃は本当に何にも考えずに、キスなんかしちゃって。それも奥さんの前で!」
「お、奥!?」
「…はい?」
「あ、いや!なんでもない!…ゴホン…奥さん、とは?」
「聡センセの奥さんも、一緒に遊園地に行ったんです。おいしいお弁当作ってくれて。」
天之橋の狼狽ぶりに不思議そうに首を傾げながら説明すると、彼は少し気の抜けたような表情で呟いた。
「そ、うか。宮内先生は結婚しているのかね…。」
半分収まった憤りに思わずため息が漏れ、少女がまた心配そうな顔をする。
「天之橋さん、やっぱりお疲れじゃないんですか?さっきから顔色も…」
「いや、大丈夫だよ。君のお茶で疲れも吹き飛ぶから。…それで?
先を聞いてしまわなければ納得出来ない彼の妙な迫力に少したじろぎながら、少女が話を元に戻す。
「…え、と。聡センセの奥さん、めちゃくちゃ綺麗で、看護婦さんでね、…わたしもお菓子作っていったけど、自分で食べてあんまりおいしくないってわかるじゃないですか。でも奥さんのお弁当が本当においしくて、すごく悔しくって泣いちゃったんです。
 そしたら奥さんが『七歳でこれだけのもの作れるのはちゃんと才能があるの。あとは何回も失敗するうちにだんだんおいしいものが作れるようになるのよ。』って、優しく言ってくれたんです。」
「……………」
「わたしが帰りに聡センセにキスしたら、『私には?』なんて言う可愛い人で…。それから私、聡センセより奥さんベッタリになっちゃって。あんな奥さんになりたいなぁって…」
「……ハハ……そうか……七歳、ね。……私より年下の宮内先生が結婚しているのに、私がしてないのはおかしいね。」
自分の勘違いに合点がいって、半ば放心状態で言った意味を考えていない言葉に、少女が驚いたように瞳を見開いた。
「お、おかしくなんてないです!もう少し待っててくだ……じゃ、なくて!えっと、あの、ごめんなさい今日はこれで…!」
真っ赤になって急に立ち上がり、ばたばたとドアに向かった少女に、天之橋がこの日一番の極上の笑顔を向けた。

「三優もきっといい奥さんになるよ。……明日も、来てくれるね?」


その夜、いつになくうきうきと屋敷に帰ってベッドに入った彼が、あの男は中学生の彼女の裸を見たのだと思い付いて一晩中苦悩したことは誰も知らない。

FIN.

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