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 はじまり 

「おとうさま。」
「なんだね?」
「わたし、結婚することにしました」

突然投下された爆弾に、天之橋は持っていた本をばさりと落とした。
しばし視線を固定させた後、ぎりぎりと歯車の音がしそうな仕草で娘を振り返る。

「……………今、……なんと?」
「ですから、結婚することにしました」

いっそ天晴れなほど微笑んで、少女はさりげなく落ちた本を拾う。
そのさりげなさに、『ついに来るべき時が来たか』と月並みな感想を一瞬だけ思い浮かべてから、天之橋は慌ててそれを否定した。
何を馬鹿なことを考えているのだろうか。そんなはずはない。
現に、はい、と本を手渡ししてくる娘の目線は、椅子に座っている自分よりも低いではないか。

「……………結梨」
「はい」
「その、君はまだ……分からないかも知れないが。結婚、というものはその、まずお互いの合意があって、結婚後の人生設計もきちんと出来ていて……その……」

どう説明すればいいのだろうか、としどろもどろになる父親に、娘は少しだけ首を傾げた。

「その、だからつまり、……少なくとも女性の年齢が16歳以上で……未成年ならば親の同意が必要なんだよ?」
「え?」

驚いたような彼女を見て、天之橋も慌てて口を閉ざす。
もしかしたら、ただ戯れに言っていただけなのだろうか?
『結婚する』と言われて動転してしまったけれども、『そうか。誰とかね?』と簡単に返せばよかったのだろうか。
そもそも、小学生の娘が結婚をそんなに現実的に考えているなんて、普通では有り得ない。
思わず出てしまった台詞をフォローするべきかと、そちらに考えを行かせかけた彼に。
しかし、10歳になったばかりの娘は首を傾げたまま、こともなげに言い放った。

「プロポーズ、しましたよ?」
「!??」

呆気にとられる父親に、もう一度にっこり微笑って。

「わたしの16の誕生日に、結婚しようって。わたしはそのときまだ高校生ですし、忙しいひとですからふつうの新婚生活はむりかもしれないですけど。それまでに花嫁修業をちゃんとして……お勉強もがんばって、いいおくさんになりたいです」
「…………」
「お金にこまることはないと思いますし、あちらのおとうさまとおかあさまにも、とても気にいっていただきましたし」
「…………………」
「あとは、おとうさまが許してくださるかどうかだけです!」

期待するかのように胸の前で両手を組んで、遊園地に行きたいとおねだりするのと同じ口調で話す少女。
天之橋は痛みを訴え始めた額を押さえた。

言いたいことはたくさんある。
訊きたいこともたくさんあるけれど。
彼女がもし、本当に本気で言っているのならば、何よりもまず訊かなくてはならないこと。

「…………………相手は誰かね?」

逡巡しながら告げると、少女はまるで許しをもらったかのように、父親そっくりの仕草で目を細めた。

 

◇     ◇     ◇

 

「……………?」

ふと我に返って、彼は没頭していた作業から目を上げた。
遠くから聞こえる気がする、地響きか地鳴りのような音。
まさか地震?と思うのと同時に、それが一気に鮮明になって、次いでドアがばん!と開かれた。

「ぅ、わ!?」

なだれ込んできた『何か』に胸元を掴まれて、息がつまる。
ぐえっと鈍い呼気音がするのも構わず、『何か』は彼に向かって最大音量で罵声を浴びせかけた。

「この恥知らずっ!!」
「……な!?」
「いくら破天荒なお前でも、やって良いことと悪いことがあるだろう!?結梨はまだ小学生だぞ!!」
「???」
「自分の年を考えたことがあるのか!!いやそれはともかく、私に一言の断りも無いとはどういう事だ!」
「ち、ちょっと……」
「事と次第によっては、結梨ともどもお前とは縁を切っ
「だーーーーっ!!」

ばしーん、と景気のいい音を響かせて、彼の持っていたデザイン画の束が天之橋の脳天を直撃した。

「うるっさい!!ッたく、突然飛び込んできてナニ訳の分からないこと言ってるのよ!?」

瞳を見開いて硬直したのをこれ幸いと、掴まれた服にどうにか息のつける隙間を確保する。
一瞬怯んだ天之橋が、それでも憤りの収まらない声音で呟いた。

「な、に?なんだと?」
「結梨結梨ってもう、この親バカっ!アンタはいっつもあのコのことになると我を忘れるのよ!それを自覚しなさい!
 どうせまた、つまらないことで被害妄想にでもなってるんでショ!」
「つまらない!?」
「ああもう、いいから離しなさいっての!!」

つまらないこととはなんだ、娘を愚弄する気かと、激昂しかけて。
しかし天之橋は、彼の態度に違和感を覚えて口を噤んだ。
プンスカと眦をつり上げて怒る親友の表情は、不機嫌ではあるけれども深刻な色はなくて。
小学生の愛娘を親に紹介して人生設計を語らって結婚を誓い、その上で自分に対して許可をもらってこいなどと言ったようには見えない。
少しだけ頭が冷めて、天之橋はゆっくりと掴んだ腕を放した。

「………本当に……心当たりがないのか?」

わざとらしく痛い痛いと文句を言うのを無視して訊くと、花椿はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「だから、何の話よ!?」
「いや……その……」
「うっとおしいわねぇ、はっきり言いなさいよ!」
「…………いや……最近、……結梨には会ったか?」

ストレートに訊くのを憚り、天之橋は口ごもりながらそう尋ねた。
顔を顰めたまま、それでも彼が真面に会話できる状態になったのにやれやれと息をついて、花椿は肩をすくめる。

「会った……て、言えば。こないだのショーの時が最後じゃなかったかしら?」
「ショー?……ああ」
「アンタが出張で見られないって駄々こねてたやつよ。写真見たでしょう?
 そう、あのコにマリエを着てもらってね。ラストがマリエなんてオーソドックス過ぎてイヤだったんだけど、子供っぽくないデザインがあのコにすごく似合ってて、我ながら傑作だったワ〜」

デザインの話になると途端に機嫌を直し、見られなくて残念だったわネェ?と皮肉っぽく笑いかける親友に、天之橋は顔が強張るのを感じた。

自分の思った通り、彼が娘に言い寄ったのならば非常に不快だけれど。
そうでない方が、実は怖いことに気付いたから。
娘の性格を誰よりも知る父親は、恐る恐るという表現が似合う口調で更に尋ねた。

「……で。お前は最高の花嫁だとかなんとか、そういうことを言ったのか?」
「当たり前でしょ、なんたってアタシがデザインもメイクも着付けもやったんだから!」
「………で、もしかして、このまま家に連れて帰りたいと言ったとか?」
「アラ、そうね、言ったかも。本当に会心の出来だったから、もう、いつまでも飾っておきたくて」
「……………で、まさか、16になったら結婚しようと?」
「は?まさか。あ、でも連れて帰ろうにも16までは犯罪ねって言ったら、じゃあ16まで待っててって笑ってたわね。
 ホント、あのコが笑うと何でも言うこと聞きたくなっちゃうわよねぇ〜
「…………………。」

静かに眉間に手を当てて、天之橋は気を落ち着かせるように傍の椅子に座り込んだ。
怪訝そうに視線で問うてくる親友には答えず、ため息をひとつ。

「………その日、お前のご両親は来ていたのか?」
「あ、そうそう。珍しく来てたのよね。結梨と会うの初めてだったから、アンタの娘だって紹介したら面白がっちゃって。
 アタシをほっぽっといて一緒に食事とか行ったみたい。失礼しちゃうわー、アタシだって結梨といたかったのに」
「すまないが、ご両親に連絡を取ってみてくれないか……できれば今すぐ。その時何か話をしたかどうか」
「?いやーよ、あの濃いキャラと話すの疲れるって分かるでしょ?」
「……頼む」
「???」

予想外に真剣な顔の天之橋に、花椿はぶちぶちと文句を言いながら離れたところにある電話に向かった。


初めから、嫌な予感はしたのだ。
普通で考えれば、お嫁さんになるなどという言葉は小学生の可愛らしい夢として捉えるべきだろう。
しかも相手は、娘が生まれたときから傍にいてよく懐いている自分の親友。
それはいかにも、幼少の子供が親しさの延長で言い出しそうなことだった。

しかし。
普通の子供ならこうだという事例が、自分の娘にはあまり当てはまらないことを、彼は知っていた。
大人びた、といえば聞こえは良いが、頑固で強情で妙に聡くて、何より自分との約束が破られることを決して許さない。
例え相手が、それを約束だとは思っていなくても。


「……ハ?何、言ってンの?」

彼の思考を肯定するように、花椿が受話器に向かって狼狽した声をあげた。

「挨拶されたって……OKしたって……アンタ!常識で考えりゃ分かるでしょ!?
 どこの世界に、小学生にプロポーズする男がいんのよ!!!」

いやお前ならやりかねんと思ってな、と、電話の向こうで豪儀に笑う父親の声が聞こえる。
天之橋は肩を落としながらそれに視線を向けた。

自分の犯した失態と聡明な少女の根回しに、今やっと気付いた花椿へ半ば諦めの気持ちを込めて。

FIN.

あとがき