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 Present for you 1 

事の発端は、彼女の疑問だった。

「ねぇ、マスターさん。カクテルって普通、お酒だと思うんだけど、ノンアルコールのものって他にもあるんですか?」
いつもの土曜日、いつもの時間。
彼女は今日も、俺の店でシンデレラを飲んでいる。

「そりゃあね。酒の弱い人を同行してくる客もいるから、最低限の用意は当然だよ。
 3年くらい前の道交法の改正でノンアルコールの注文が増えて、専門のコンクールも開催されてるって話だし」
「へぇ〜」
「いくつか飲んでみるかい?」
そう言うと、彼女は俺の予想した通り顔を輝かせて頷いた。
「そうだな。シンデレラが好きなら、これは?」
手早く材料をシェイクし、逆三角形のカクテルグラスに注ぐ。
彼女はそれを手に取り、ひとくち飲むと、味わうように視線をくるりと一周させた。
「あ。おいしい……けど、甘い」
「あれ?みゆうちゃんなら、甘い方がいいと思ったんだけど」
笑いながら言う言葉に、口をとがらせる。
「……どういう意味ですか?」
「いやいや、なんでも。それ、フロリダって言って、ノンアルコールカクテルの代表格みたいなもんなんだ」
誤魔化しながら、次のカクテルを軽くステムする。
「じゃあ、これは?甘さはほとんどない」
「うっ……これ、ジンジャーエール?」
「ライムジュースとシロップにジンジャーエールを……あれ、嫌いだっけ?」
尋ねると、彼女は小さく首を振った。
「嫌いじゃないです。けど、ジンジャーエールって炭酸キツイから、ちょっと飲みにくい…かな?」
「バーテン泣かせだな。アルコールと炭酸がダメなんて」
ハハハ、と明るく笑うと、彼女は頬をふくらませて抗議した。
「ダメなんて言ってないです!アルコールだって飲めますっ」
「お子様のうちはダ〜メ。ん…それでもちょっと、炭酸がきつすぎたかな」
手こずっているグラスを彼女から取り上げ、味見する。
彼女は何か言いたそうに俺を見たが、次の瞬間、顔を赤くして俯いた。

それがどういう心の動きかわかる。俺は苦笑した。
たく。たかが同じグラスに口を付けたくらいで、そんな反応が返ってくるかね?
彼女の反応が、ほほえましさとため息を同時に誘う。

彼女と付き合いだしてからもうしばらくになると言うのに、俺はまだ彼女に指一本触れていない。
いや、触れるだけなら、ふざけて抱き上げたりふざけて抱きしめたりふざけて髪に顔を埋めたりふざけて………
いろいろ、あるのだが。
それでもそういうつもりで彼女に触れたことはないし、もっと先…たとえばキス、ということになると。
あの時の……策略としてのキス、一回だけ。
考えて、俺は思わず心の中でなくため息をついてしまった。

やはり、無意識にでも気にしてしまっているのだろうか。
親友から彼女を奪ったことを。
彼女を愛していた親友のためによかれと思ってしたことが、結局は彼女の心を彼から離れさせることになりその上、よりによって自分まで彼女にとらわれてしまった。

ミイラ取りがミイラになるってのは、こういうことを言うんだろうな。
爽やかな酸味のジュースを飲みながら、思う。
恋愛経験もそれなりにあり、どちらかというと女に対して軽い方だと思っていた自分が、こんな悩みを抱えるなんて思ってもみなかった。
目の前の、自分にあからさまな好意を寄せている女を抱くことが、どうしても出来ないなんて。
しかも、気が乗らなくて出来ないわけではないところがますます哀しい。いちど箍を外してしまえば、彼女が泣こうが叫ぼうが突っ走ってしまうことが予想できるくらい、彼女を欲していることは自覚できていた。

逆に、自覚できているからこそ箍を外しかねているのかもしれない。
彼女を泣かせたくない、それもあるけれど、なんとなく予感がするのだ。
彼女を抱く、彼女と気持ちを通じさせる。それに相応しいのは、自分ではないのではないか?という予感。
親友に遠慮しているわけではない……と、思う。
けれど、奴が彼女と愛し合っていながら結ばれなかったように。
自分も、彼女の唯ひとりの人にはなれないような気がした。

そんな理由で、女を抱くことをためらっているなんて。普段の俺を知る人が知ったらどう思うだろう。
思わず、そんな自嘲の思いまで浮かんできて、俺は小さく肩をすくめた。

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