それを初めて気づかされたのは、なつみんとマスターさんのお店に行った帰りだった。
「……ねぇ。みゆう」
なつみんが、前を向いたまま言う。
「んー?なあに?」
何気なく、応えた私は。
なつみんの言葉に、絶句した。
「ヒムロッチラブは、もういいの?」
「…………!」
あっけないほどに、反応してしまった私に。
なつみんは、アハハと笑った。
「やだ、みゆう、真っ赤!」
「な、な、なつみん!どうして……!?」
あせる私に、少し気を遣っているような口調で。
「んー。だってさ、アンタの視線、いっつもヒムロッチ向いてたしさ。
アタシと話してても、ヒムロッチの話多かったし」
「そ、そ、そうかな」
「そうだって。それがホラ、今年始め頃、急にくらーくなって。一時、ヒムロッチの話しなかったじゃん?
だからアタシ、コクって振られでもしたかと思ってたんだよー」
ビンゴだよ、なつみん……。
ずーんと、頭を垂れて。
私は、気づかれないようにため息をつく。
でも。
なつみんは。
「だけど」と、続けた。
「だけど、違ってたんだね。ヒムロッチのこと、吹っ切れたんだね!」
「え?」
そうだよね、ヒムロッチなんてつまんないセンセーなんかよりはねぇ、と。
私の疑問を尻目に、なつみんはひとりで頷いている。
「な、なに?なんでそう思うの?」
訳がわからなくて、聞き返す。
「なんで、吹っ切れたと思うの?なつみん」
すると。
なつみんは、さも意外!って顔をして。さも、当然!という感じで。
「ハァ?アンタ、自分で気づいてないの?
今日行った、茶店のマスター。あのヒトのこと、好きなんでしょ?」
そんなことを、言った。
「……………」
私は、呆然とするしかなかった。
好き?
私が、マスターさんを?
すき?
「あのヒト、いいと思うよ。前にイタイ恋愛経験してるって感じするけど、そのぶん大事にしてくれると思う。
みゆう、いいヒトにホレられたね!」
「え?」
すき?
マスターさんが、私を?
好き?
「……………」
ぐるぐるぐるぐる、頭が回る。
なつみんの言葉と。マスターさんの顔と。氷室先生の顔。
なつみんの話題は、もう違う方にいっている。
つまり、なつみんの目にはそれだけ、それが自然に見えたということ?
わからない。
でも、じっくり考えて、ひとつわかったことがある。
わたし。
マスターさんのこと、名前で呼んでみたい。
ドアの向こうで、なつかしい声が聞こえる。
学校ではいつも聞いているのに、何故か、なつかしい声。
わたしのだいすきなふたり。
わたしのだいじな、ふたり。
私は意を決して、化粧室のドアを開けた。
「義人さん!洗面所のタオル、」
前向きになれることを信じて。
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