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 上を向いて歩こう 7 

よう。零一」
その名前に、俺の腕の中で彼女が身じろぎした。
俺は肩だけで振り返り、零一を見据えた。

「義人……おまえ……」
「悪いな。零一」
俺は、ことのほか人の悪い笑顔を作って奴に言う。
「おまえの可愛い生徒さんを、手に掛けちまって……だけど、おまえが悪いんだぞ。
 おまえが、あんな情けない態度を見せなかったら、俺だってそこに付け込もうとは思わなかったさ」
「なんだと……!?」
零一が唸りをあげる。挑発するような口調で、俺は言葉を継いだ。
「造作もなかったよ、おまえにフラれて落ち込んでいるこの子を手懐けるのは。
 ちょっと優しい言葉を掛けてやれば、ホイホイなついてきて……」
「義人!!」
予想通り、零一は憤怒の表情で俺の方に詰め寄ってきた。
しかし。
あと一歩半のところで、零一は歩みを止めた。

「………?」
少なくとも、有無を言わせず一発殴るくらいはするだろうと思っていた俺は、少しだけ不可解な表情を浮かべてしまったのだろう。
零一は睨み付けていた瞳を下げ、激情を抑えるかのように大きく息をつき、眼鏡に手をやった。
気を落ち着けるための、いつもの癖。

「義人。余計なことをするんじゃない」
「……はぁ?」
意味不明な言葉を、煽るように問い返す。
零一は、まだ抑えきれない憤りを懸命に自制するそぶりを見せながら、言った。
「下手な芝居はやめろと言っているんだ。もうその件はけりが付いている」
「…………!!」
その言葉に、俺の方が激昂した。
ガッ、と思わず零一の胸ぐらを掴む。
「馬鹿野郎!てめぇの想いってのはそんなもんだったのかよ!?
 おまえに酷いことを言われて泣きじゃくってたこの子の苦しみも、毎日ここへ来ておまえのことを話してた気持ちも、何も知らねぇくせに!!」

俺は無性に腹が立っていた。
目の前で、好きな女が他の男に抱きしめられている事に激昂もせず。
不誠実な言葉を吐くその男に食って掛かることさえしない、零一の態度が。
勘に障って仕方なかった。
彼女がこんな奴をずっと想い続けていること、それが馬鹿馬鹿しくて嫌になった。
感情をおさえずにギリギリと首を締め上げる力に少し喘ぎながら、零一はかすれた声を発した。

「何も知らないのは……おまえの方だ」
「なに……!?」
小沢」
俺の問いを無視し、俺の後ろの彼女を呼ぶ。
「こいつは、私と君をなんとかしようとしているだけだ。愚かな行為だが、言っていることを本気で思っているわけではない。
 だから、……泣くな」
苦しげに、語尾を揺らした零一の言葉に。
俺は驚いて振り返った。

「……っぅ……っく……」
そこには、俺に乱された衣服も直さないまま、泣いている彼女がいた。
声を出さないよう、口を押さえ。それでも尚、漏れてしまう嗚咽。
俺は訳が分からなくなった。何より、彼女の涙が俺の思考能力を奪った。
だけど。どう考えても、彼女が泣いているのは零一のため。の、はずだ。

俺は零一に向き直り、奴がずっと隠していた彼女への想いをぶちまけようとした。
それで、彼女が泣きやんでくれることを願って。
「零一!おまえ、彼女のことを
ずっと好きだったんじゃないか、と。言おうとして。
今度は、俺の息が締め付けられた。


言うな」
額が接するほど顔を近づけて、俺にしか聞こえないように、零一が押し殺した声で呻く。
「水結に、それを告げるな。こいつが苦しむことになる」
掴まれた力は、奴の感情を表しているかのように苛烈で。
俺は、言葉を発することができなかった。

俺の苦しげな顔を一呼吸ながめてから、零一は突き放すように手を離す。
俺は勢いで膝をつき、息苦しさにせきこんだ。
「小沢。この馬鹿に分かるように説明することは、私にはできそうにない。
 不本意だが、非常事態だ。あのレポートを読ませようと思うが、構わないか?」
奴が、スーツの襟を直しながら言うそぐわない台詞に、なおもせき込みながら彼女を見る。
彼女は泣きながら零一をしばらく見返し、目を閉じると、かすかに頷いた。
どこか苛立たしげにしながら、零一は鞄から紙の束を取り出し、半ば殴るように俺の胸に押しつけた。

「……これ、は?」
「反省文だ」
短く告げられる、意味不明の言葉。
俺は表紙をめくって、中の文字に目を走らせた。

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