「どうした?俺がこんな時間に来てはおかしいか?」
訝しげな台詞。
ハッと我に返って、俺は急いでボトルをカウンターの中にしまい込んだ。
「そうだな。こんな休日の真っ昼間から来るなんて珍しいじゃないか。
しかも、学校は今、受験戦争の真っ最中だろ?いいのか?」
「コーヒーをくれ。まったく、真っ最中すぎて気が滅入る」
言いながら、零一は俺の真ん前のスツールに腰掛けようとして。
ふと、横に置いてあるトートバッグに目を留めた。
「……客か?珍しいな」
「ああ。こないだから、昼間は喫茶として営業し始めたからな。割と客が入るようになった」
「そうなのか?」
零一には言ってなかったので、ふむ、と頷いている。
俺は何故かじりじりとした焦燥感を感じていた。
冷静に考えれば、いい機会かもしれない。
彼女がここに来て、零一のことをいつも楽しそうに喋っていること。
零一のことをいつも気に掛けていること。
それを軽口として伝えれば、二人の点は線で結ばれるかもしれない。
「て、わけで。慣れない仕事があって忙しいんだ。内輪話なら夜にまた来いよ」
しかし、俺は何故かそんな言葉を口走っていた。
彼女がここに来ていることを零一に知られたら、零一の性格からしてなにやら誤解するに違いない。
それをいちいち弁明するのもめんどうだった。
「そうだな。では、9時くらいにまた来る」
「ああ、いつものやつを用意しておくよ」
そう言って、零一がドアに手を掛けたその時。
「義人さん?洗面所のタオル、先週のままだよ!もー、ちゃんと替えないと」
たぶん、俺たち二人が別々に聞き慣れた声が。
明るく響いた。
◇ ◇ ◇
「み、いや、……小沢……!?」
愕然とする零一。それを見る俺の頭も、混乱していた。
なぜなら、彼女が俺を名前で呼んだのは、それが初めてだったから。
何故?
どうして、今?
どう考えても、無作為とは思えない。
驚くかと思っていた彼女は、それを裏付けるかのように平然と零一を見返した。
「あれ、氷室先生。せんせいもコーヒーですか?」
「な……な……」
「ここのコーヒー、美味しいですもんね。
じゃあ義人さん、私のジュースは後でいいですから、先生を先に。その間にタオル替えてきます」
咄嗟に反応できない俺の横から、たたんであるタオルを一枚取る。
それを持って再び化粧室に行きかけてそれを引き止めたのはアイツだった。
「小沢!どういうことだ、何故君がここに!?先週ということは、初めてではないな!」
掴まれた腕に驚きながら、彼女ははい?と首をかしげている。
「えっと……?ここ、この間から昼間は喫茶店になったんですよ。
なつみんと出かけたときに見つけて、それ以来良く来るんですけど……あの、いけませんでした?」
彼女が混乱していないことに混乱する。その気持ちは、俺にもよくわかった。
そして、彼女が嘘をついていることを知っている俺は、呆然とした。
「いけないとかそういうことではなく……」
舌打ちしそうな表情で零一は口ごもり、ついで俺の方に向き直った。
「義人!何故、俺に黙っていた!?」
「……いや、黙っていたというか……」
まだうまく口が回らない。
すると、彼女がああ!と声を上げ、あわてて俺たちの間に入った。
「違うんです、氷室先生!……私がお願いしたんです。
先生、プライベートな所には立ち入って欲しくないみたいだったし……
それに、いくら喫茶店でも夜はバーになるような所に出入りするなって、言われそうで」
ごめんなさい、と零一に向かって頭を下げる、彼女の手が。
その時、俺の目の前で。
わずかに震えているのがわかった。
それで。俺には、彼女の考えがわかった気がした。
かなり……、ヘビーな予想だったけれど。
「……その通りだ、高校生が出入りする場所ではない!
反省文を要求する、提出期限は三日後だ!以上!!」
それだけ言うと、零一は後ろを振り返らずズカズカと店を出て行った。
「………え、へへ」
かたかた、と体が震えるのをもう隠せず。
彼女は、俺に強張った笑顔を向けた。
「あ…の。えっと……」
なにか、言い淀む彼女に。
「ゴメン。今日は、ちょっと……帰ってくれるかな?」
俺は、それだけ言うのがやっとだった。 |