MANA's ROOM〜トップへ戻る
Total    Today    Yesterday   拍手メールサイトマップ
更新記録リンク掲示板日記
ときメモGS別館 アンジェ・遙時別館 ジブリ別館 ごちゃまぜ別館
 
 

  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > マスター創作 >

 上を向いて歩こう 3 

「……それで私、思わず言ってしまったんです……好きです、って」
彼女は、ぽつりぽつりと事情を口に出している。
俺はシェーカーを振り、今度は冷たいカクテルグラスを差し出した。
「……酒じゃないよ。シンデレラって言う、ジュースのカクテルだから」
少しためらわれる表情に、笑ってみせる。
こくんと頷いて、彼女は話を続けた。
「……そしたら……私は教師で君は生徒だ。それ以上でもそれ以下でもない……って……」
その時のことを思い出したのだろう。目を閉じたその頬を涙が伝った。

俺はじっと彼女の話を聞きながら、心の中で舌打ちを禁じ得なかった。
まさか、そこまできつい台詞を吐いていたとは思わなかったから。
だけど。俺が今できることは、彼女の話を聞いてやることだけ。
そしてどうにかして、彼女に零一に、希望を持たせてやることだけ。

「……ごめんなさい。いきなり、こんな話をして……」
話し終わると、彼女はぐすっと鼻を鳴らして、ぺこりと頭を下げた。
「別に、マスターさんに何かしてもらおうってつもりじゃないんです。
 ただ、こんな話、友達にもできなくて……マスターさんなら聞いてくれるかもって思って」
迷惑ですよね、と問いかける目に、俺はもういちどにっこり笑う。
「いいや。さっきも言ったとおり、職業柄そういうことが多いからね。
 役に立てるかどうかは別だけれど、話を聞くだけなら構わないよ。もちろん、零一にも何も言わない」
唇に人差し指を立ててみせると、彼女は少しだけ安心した顔になった。


私。先生を、困らせてしまったんですね」
「………」
俺が黙っていると、彼女はふうっと息をついて続けた。
「分かってはいたんです。先生は、私を女の子として見てはくれないって。
 生徒として、氷室学級のエースだなんて誉めてはくれるけど……でも、それだけだって」
声が、少し潤む。
「分かってたけど……やっぱり、もうすぐ卒業だから。
 先生が私のこと好きだなんて思ってた訳じゃないけど。ダメでも、どうしても……伝えたくて」
違う……と、心の中で呟く。
けれど。言えるわけがない。
内心苦々しく思いながら、俺はカウンターに肘をついた。

「……ねぇ、生徒さん。えっと……」
一瞬、言い淀んだ俺を察して、涙目のまま小さく言う。
「水結です。小沢水結。そういえば、自己紹介もしないで…ごめんなさい」
「へぇ、猫みたいな名前だな。それじゃ、みゆうちゃんて呼んでもいいかな?」
「はい。」
「んじゃ、みゆうちゃん。もう少し待ってごらんよ?」
さりげなく、親しみを持って。さとすように言い聞かせる。
「零一のことだから……。君が教え子でいる間は、生徒じゃない君なんて考えられないんじゃないのかな。
 しかも、告白したのが学校だろ?あいつ、学校ではバッチリ教師モードに入っちゃうから……」
不器用だからなぁ、と嘆いてみせる。
「だから、卒業まで待ってみれば。状況も変わるかもしれないよ?」
言い訳っぽくならないように苦心した俺の言葉に。
だけど、彼女は首を振った。
「いえ……。私、わざとそうしたんです」
「……え?」
「卒業するまでに、告白しなきゃって……。生徒でいるうちにって」
「……どうして?」
痛いところをつかれそうな雰囲気に、少しだけ声が強張った。

「だって……私は先生の生徒だから。それは、紛れもない事実だから。
 望みなんてないって分かってたけど、もし万が一、先生が私を好きでいてくれるなら……
 卒業して生徒じゃなくなった私じゃなくて。今の、生徒として先生が好きな私をって……思ったんです」

やっぱり。
俺は胸中でため息をついた。
彼女の主張は至極もっともで、それ以上言葉が見つからなかった。
零一と彼女は、教師と生徒。その関係でなかったら、初めから出会っていない。
だから彼女が、ありのままの自分を好きになって欲しいと思う気持ちはよく分かる。
分かってないのは、零一の方だった。

「……そっか」
それだけ呟いて、俺は勢いよく体を起こした。
「わかった。でも、あきらめちゃダメだよ。今は思いっきり落ち込んで、落ち込み終わったら、また前向きになろう?
 俺には何もできないけど、話を聞くだけならいつでも大丈夫だから……またおいで?」
やっとそう言うと、彼女は初めて、かすかな笑顔を見せた。

前へ     次へ