「それに。私が言ってるのは、別に遠慮とかじゃないですからねー」
「え?」
「分かってるっていうのは、お仕事の方が大切だからとか、傍にいてくれなくても大丈夫とか。
そういうのじゃなくて、ですねえ」
「……え?」
彼の笑いが、少しだけ引き攣った。それに気をよくして。
彼女は悪戯っぽい瞳を細めて、伸びかけた髪をさらりと揺らす。
「天之橋さん、もしも私が『どうしても一緒にいて下さい』ってお願いしたら、そうしてくれたでしょう?
お仕事も何もかも全部放り出して、一緒にいてくれたでしょう?
それが分かってれば、現実がどうなってても平気ですから」
「………そういうものかね?」
「そういうものです。女の子は」
否定しない(できない?)彼に偉そうに言って、少女は袖を掴んだ手をぶんと振った。
「甘やかしも遠慮もしてないですよ。ほんとに一緒にいてほしいときに、いてくれたらいいんだから」
その時に選ばれる自信があれば、現実にどれだけ約束を反故にされても大丈夫。
けれど、一度疑ってしまったら、それはどんなに一緒にいても晴れることはないだろう。
だから。
「だから。覚悟しておいてくださいね?」
いざというときになれば、どんなに大切な仕事でも遠慮なんかしない。例え会社が潰れても、その時に傍にいてくれなければきっと、この恋は壊れてしまうから。
怒って済むようなレベルじゃないですよ?と、天使の笑顔で告げる彼女に。
天之橋はしばらく目を瞬かせ、それから急いで頷いた。
「……しかし、君にしては随分と、その……理屈っぽい考え方だね」
思わず口をついて出た言葉に、自分でひやりとしたけれど。
少女は気にした様子もなく、照れたように肩をすくめた。
「あ、分かります?実はこれ、尽が言ってたんですよー」
「尽くんが?」
「女の子は起こったことを見るんじゃなくて、その奥の見えない気持ちを簡単に探り当てるから。
同時に健気にもわがままにもなれるから、気が抜けないし難しい、けど楽しいって。
私、ああそうだーって、すごく納得しちゃって」
「……………。」
それが楽しいと言い切れる尽だからこそ、何人もの女の子とうまく付き合っていけるのだろう。それはもう、才能といえるのかもしれない。
そして、その系統の才能には決して秀でていない天之橋は、少し無理をしている表情で微笑した。
「……では、その時の為に日頃から覚悟をしておくよ。
できれば……なるべく分かりやすいように伝えてくれれば嬉しいんだが」
私は彼のように、君のことを何もかも見通せないからね、と呟いて。
袖を持っている手を外させて、指にキスを落とす。
勿論、彼女のためであればどんな覚悟もできるけれど。
それよりもまず彼女の気持ちが分かるようにならないことには、本人どころか彼女の弟にも認めてもらえないだろう。
いつもより真剣なそのキスが、そんな内心の焦りを表しているということを察するほどには、少女も彼のことを分かってはいなかった。
FIN. |