「……あー……」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
そう大きくもない橋の上。駅からも近いここには、常に観光客の姿が絶えない。
もちろん、自分もその一人であるのだけれど。
周りのカップルや家族連れと同じように、嬉々として写真を撮ったり歓声を上げて鴨川を眺める気にはなれず、少女は欄干の上で両腕を組んで顎を乗せた。
「昨日にでも言っといてくれればいいのに……」
しょうがないと諦めたはずなのに、愚痴が出る。
今日の自由行動は、本当であれば二日前と同じく親友と廻るはずだった。
なのに、朝になっていきなりキャンセルを告げられて。彼女の後ろに申し訳なさそうな顔で手を合わせる、まどかの姿。
思わずでも、不満げな顔をするわけにはいかなかった。
『マジでゴメン!』
『しょーがないなあ。じゃ、帰ったらアイスね?』
にこりと笑って条件を出して、彼女が気にしないように。
外から見られるよりも遙かにそういうことを気にする親友だからこそ、どうしても一緒にいたかったのだろうと予想できるから。
せっかくの修学旅行で、彼女の思い出作りを邪魔するつもりはなかった。
けれど。
「……自分がどうするかまでは、考えてなかった」
勝手の分からない旅行先で一人。なってみると、かなり寂しい。
一緒に楽しんでくれる人がいないと積極的に観光する気にもなれなくて、ガイドブックは鞄に押し込めたまま。
かろうじて、奈津実が行きたいと連呼していた四条大橋には来てみたけれど。そこから鴨川も眺めてみたけれど。
今の少女の瞳には、なんの変哲もないただの橋と川にしか見えなかった。
「つまんない……」
べったりと手摺りに頬をつけて、鴨川沿いのカップルを眺める。
奈津実から聞いた話では、ここは地元でも有名なデートスポットで、夕方になるにつれてカップルが等間隔で並んでおしゃべりをするらしい。
今はまだ数えるほどしかいないけれど、時間が経てばどんどん増えるんだろうなと思って。
少女は、少しだけやるせない気持ちになった。
まどかと並んだ奈津実の、倖せそうな表情。
羨んだり妬んだりは絶対したくない。でも、もしかしたら自分も、彼と一緒にいるときはそんな顔をしてしまっているのだろうか?
この修学旅行の最中、何度も彼のことを考えた。
名所史跡を廻っているときも、奈津実とお団子を食べているときも、ホテルで夜景を見ているときも。
いつでも心の隅にあった、今ここに彼がいたらという想い。
それは、依存?彼が傍にいることに慣れてしまった?
それともいつでも一緒にいたいと思うくらいに、彼のことを…
そこまで考えて。少女は思わず顔を上げた。
大陽が中天に近づいて気温が上がった所為でなく、顔が熱い。
調子に乗って余計なことを確認してしまったかもしれないと思いながら、もう一度鴨川を眺める。
「………うん」
ひとつだけ、息をついて。
試しに笑ってみたら、意外と自然に笑顔が零れた。
傍にいられないことに、不満を漏らすよりも。
次に会ったとき、会えなかった間の話ができることを楽しみにしよう。
少しでも離れていることが不満なほど、彼を好きだということが嬉しいから。
「……よーし!じゃあ、おみやげ話を作るためにも色々廻らないとね!」
気合いを入れながらガイドブックを取り出して、振り返って欄干に凭れて。
「とりあえず、清水寺と……八坂神社?あと買い物も……」
指折り数えだした、瞬間。
「お嬢さん。お一人かな?」
声と同時に、可笑しそうに見る視線が横から。
ばさりと音を立てて、ガイドブックが落ちた。
彼女と同じように凭れていた欄干から体を離し、彼はそれを拾いあげた。
「………………嘘。……いつ、から……!?」
差し出される本を受け取るのも忘れて、疑問が口をつく。
天之橋はくすりと笑って、首を傾げた。
「少し前から隣にいたのだけれど……何か、真剣に考えているようだったから声をかけづらくてね。
一人なのかな?」
「そ、そうです、けど。……え、だって天之橋さん、今日は……っ」
ぼけっとしていたのを見られたことと、連れがいないことを少しだけ恥ずかしく思ってから。
出発前に聞いた話をふと思い出して、あわてる少女。
それを見透かして、苦笑。
「急にこちらへ出張が入った所為で、会議がキャンセルになって……実はさっき着いたばかりなんだ。
私も、ここで会えるとは思っていなかったのだけれどね」
こんな偶然があるだろうかと目を見開いて。
けれど、目の前の人物は確かに、ずっと会いたいと思っていた彼。
それを確認したら、どんな疑問ももうどうでもよくなった。
彼女の驚愕がとりあえず収まったのを察して、天之橋はガイドブックを彼女の上に掲げながら微笑んだ。
「水結、もし時間があれば昼食でも一緒にどうかな。随分と長い間ここに居たのだろう?
日に焼けてしまって……赤くなっているよ」
「え!?」
日陰を作りながら片手で火照った頬に触れると、日焼け以上に赤らむ。
それを見ながら、いたずらっぽい瞳で少しだけ脅かすように。
「日焼けは甘く見ない方が良いよ。下手をすると熱が出たりするから、早く冷やした方が良い。
すぐそこに知っている店があるから」
「は……はい」
少女は促されるままに頷いた。
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