「君は、その……そういうことが気になるのかね?」
「え?」
意味を計りかねて彼を見ると、彼は暗雲を背負っているような表情で少女を見ている。
「その……世代の違い、とか……」
言いにくそうに呟かれる言葉に、少女は一瞬目を丸くして。
次いで、何かに気づいたような表情をすると、くすりと笑って目を細めた。
「そうですね。気にならない、といえば嘘になりますけど」
「……、そう…か」
天之橋は、自分の視線が自然と下向いてしまうのを感じた。
正直、そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったから。
本心はどうであれ、少女が自分を思いやって『気にならない』と答えることを、無意識に期待していたから。
現実を疎ましく思うなど、無駄なことだと分かっているのに。
先程まであれほど大事だったその機械さえ、忌々しく思えてくる。
少女は彼に構わず、言葉を続けた。
「……でも。嬉しくもありますよ?」
あぁ、と機械的に相槌を打ってはいるが、その言葉はほとんど彼の耳に入っていないようだ。
失意が頭を覆っているせいで、彼女の口から逆接の言葉がつむがれたことにも気づかない。
少女ははにかみながら、小さな声で呟いた。
「だって、そんな方が、私のこと……その……デートに誘ってくれるんですから」
ふと、聞こえた言葉が。
部屋の空気を一掃したような気がした。
「……………えっ?」
三瞬ほどの時間をおいて、天之橋が視線を上げると、そこには頬を赤くしてあわてる少女の姿があった。
「な、なんでもないです!」
口に出した瞬間、思った以上の恥ずかしさを認識した少女は、焦ってぶんぶんと首を振った。
「え、えっと!もし私が天之橋さんの同年代だったら、レコードのことを聞く楽しみもなくなっちゃいますし!
天之橋さんが私と同じ年だったら、友達とおんなじ話しかできないですよね!
だから私は、これでいいんだと思いますっ!」
取り繕いが見え見えの態度で叫びながら、ばたばたとテーブルに寄ってポットを取り上げる。
真っ赤な顔をした少女の慌てぶりに、つられて天之橋もすこし照れた。
自分が感じた、年齢の壁。世代の溝。
彼女はそれを憂うのではなく、崩し埋める楽しみがあると言う。
同世代の友人よりも、話の幅が広がるのが嬉しいと言う。
敵わないな……君には。
天之橋は脱帽した。
彼女の言う通り、少なくとも自分は、年齢で彼女を好きになった訳ではない。
ふたりの違いも楽しみに変えようという、ただひとりの少女に、恋をしているのだから。
だから。
彼女を逢瀬に誘い、同じ時間を過ごすのだ。
「……そうだね」
彼女の小さな呟きが、聞こえなかったふりをして。
レコードの話と、次の休日の誘いと、どちらを先に話そうかと迷いながら。
「私も嬉しいよ。君がそうやって、いつも素直な気持ちで私の傍にいてくれて……
私が気づいていない、新しいことを教えてくれる。
君といると、自分の世界が何倍にも広がる気がするよ」
「私もです!……じゃあ、これからもずっと一緒にいて下さいね!」
照れ隠しの勢いで言った、そんな言葉が。
彼にとっては、プロポーズと同じくらいただならぬ発言であることに、彼女は気づいていない。
彼は苦笑しながら少女に近づき、首を振った所為で乱れた彼女の髪を、指で梳いた。
「君さえ良ければ、是非。
だけど。他人の前では、間違ってもそんな事を言わないように。いいね?」
我ながら滑稽だと思うくらい、真面目に告げた言葉に。
「?はい!」
よく意味も分からないまま少女は元気に答え、彼をもう一度苦笑させた。
FIN. |