「………な、なあ。藤井」
奈津実が戻ると、初めに少女にちょっかいをかけた男が、呆けたように彼女を呼んだ。
店内に戻った時、入り口のすりガラスの所には予想通り何人もの人間がいて。
そのいたたまれなさそうな態度が、外の様子を窺っていたと雄弁に物語っている。
「アレって……その………」
「みゆうのカレシだけど」
奈津実はずばっと言い切った。
「あ、あいついったい、何者なんだよ?」
「あの子とどういう関係だ!?」
「おまえ、理事長とか言ってなかったか!?」
「説明しろ!」
奈津実の言葉をきっかけに、少女を狙っていた男どもがわっと集まってくる。
奈津実はそれを無視して、すたすたと奥の席に戻った。
民族の大移動のように、人だかりも一緒に移動する。
席に座ると、奈津実はすましてグラスを取り、残っていたチューハイを空けた。
「ハイハイ。質問は順番ね」
事情を知っている優越感と、この先こいつらが落とされるであろうショックに、笑いが生まれる。
空になったグラスを無言で揺らすと、じれた男のひとりが新しい酒を運んできた。
ようやく、奈津実は説明を始める。
「えぇと。あのヒトはうちの高校の理事長で〜、みゆうの……まあ、なんていうか……カレシ?つか婚約者?みたいな。」
「………!」
「見て分かったと思うけど、砂吐きそうなくらいラブラブでしょ。まだ付き合ってない在学中からあんな感じだから、本人たちは慣れちゃってるんだよね〜」
アタシも見慣れてるし?と付け加える。もちろん、さっき赤面していたことは悟らせない。
「で、でも……あんまりにも年が離れてないか?もしかして、政略結婚とか……そういう……」
男のひとりが、ドラマで知ったような台詞を吐いた。
「ああ、それはないよ。だってアタシが見る限り、先に惚れたのも現在ベタ惚れなのもみゆうの方だもん」
「………!」
「アンタたち、あのコを落とすのはあきらめた方がいいよ。酔わせてラブホにでも連れ込もうって思ってたんだろうけど。
あのコは、赤プリの何倍もするようなロイヤルスイートに飛び込みで予約入れられる男と、親にキッチリ連絡入れたうえで外泊するようなコだからね」
それが男として、ステイタスになるとは思わないけれど。
ここはひとつ、こいつらにズタボロになって諦めてもらわないと困るのだ。
それに。
少なくともそうやって大事に扱われることに、少女が倖せを感じているのは事実。
そんな彼女に、この辺の男がコナ掛けたとしても……まぁ無駄、なことは間違いなくて。
無駄だったら、余計なゴタゴタは避けたい。
「そんなラブラブに安心してられる男とバカップルなんて、アタシの趣味ではないけど……ね?」
奈津実はとどめを刺しながら、グラスについた口紅を拭った。
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