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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 キミノテノヒラその後 1 

「水結。私は少し席を外すけど、家まで送るからね。少し待っていてくれるかな?」

パーティが終了し、ほとんどの客が帰路についた頃。
主催としての役目をすべて終えた彼は、また、彼女だけの彼に戻ってそう言った。
「酒が入っているから私が運転することはできないけれど、運転手を手配してあるから。
 別室にお茶を用意させてある。なにかあれば、執事に言うといい」
「はい。お待ちしています」
微笑む彼女の手を一瞬握って、天之橋は会場を出て行った。


別室で、少女はお茶を運んできてくれた小間使いに礼を言い、小さく息をついた。
今日は、色々なことがあった。フォーマルなパーティに出席したのも初めてだし、今日会ったばかり人とダンスを踊ったのも初めて。
そして……あんな風に、婉然と感情を表したのも初めてだった。
あの時の自分は、自分ではないように毅然としていた。
大事な彼との思い出を、似て非なるあの青年に汚されたようで。
あんな奴を、一時でも彼と似ていると思った自分にも腹を立てて。
青年の言動すべてを、許すことはできなかった。

でも。
今思えば、少し可哀想だったかな、とも思う。
非は確実に、青年にあったのだけれど。
他の女の子にしたのであれば、あれほどひどい言い方はされなかったかもしれない。
たぶん。容姿の端麗なあの青年であれば、普通の女の子は笑って許してしまうのだろう。
そう考えると。あれが許せない私って、基準が天之橋さんになっちゃってるのかな。
そう思って、少女はくすくす笑う。
天之橋さんが標準なら、世の中のほとんどの男性は落第よね、と。
少女は心の中で独り、のろけてみせた。

 

◇     ◇     ◇

 

「……遅いなあ……」

お茶のお代わりが三杯目に突入しても、天之橋はまだ姿を見せなかった。
ふと見ると、顔見知りの執事が部屋の入り口で待機してくれている。
名前は知らないけれど、来るたびに優しく迎えてくれて、年若い少女にもとてもとても丁寧に対応してくれる。
その丁重さは彼の主人を凌ぐほどで、少女は彼をこの家で主人の次に慕っていた。

「執事さん」
少女が彼を呼んで歩み寄ろうとすると、一歩歩くか歩かないうちに執事はスッとテーブルに近づいてきた。
笑顔で引かれる椅子に、会釈をしてもう一度座ると、少女は脇に立つ彼に話しかけた。
「あの、天之橋さん、少し遅いですよね」
「ええ」
簡潔に返答を返してから、執事は少女に話してくれた。
ここのところ数日間、彼の主人は今夜のパーティの準備に奔走していて、ろくに休んでいないこと。
普通は使用人がやることも進んで設定を行い、また学園理事長としての職務も全うしていたため、その仕事量は膨大だったこと。
「細かいことは使用人に任せればいいものを、旦那様もおかしな所で真面目でいらっしゃいますから」
大げさにため息をつく彼に、少女はくすくす笑った。
「でも、そんなところが旦那様のいい所でございますから。……でしょ?執事さん」
それには答えず、彼は穏やかな表情で目を細めた。
「お客様にできる限りのおもてなしをしなければ、と言ってはおりましたけれど。
 パーティの準備などというものに、旦那様が熱心になったことは未だ御座いません。
 貴方様が出席される事が決まってからなのですよ。旦那様がそうなられたのは」
「えっ?」
思わず問い返した少女に、一礼してみせる。
彼女が、できるだけ満足に過ごせるように。慣れない環境で不快を感じないように。
そのために奔走していたと、その目が語っていた。

「……もしかすると、少しお休みになっていらっしゃるのかもしれません。
 よろしければ旦那様の御自室へ御案内いたしましょうか?」
「えっ……でも、……いいんですか?」
少女はまだ、彼の部屋に入ったことはない。
いくら付き合っているとはいっても、自分の家とは規模が違うこの天之橋邸で、プライベートルームに入る機会はこれまで無かった。
執事は少女に向かって頷いた。
「御婦人を待たせるとは、旦那様といえども以てのほかで御座います。
 どうぞ、ご忠告申し上げ下さいませ」
「……ありがとうございます!」
少女は満面の笑みで、席を立った。

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