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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 過去の約束 4 

ところで、水結」

いつものように助手席に乗せられ、車が発進ししばらくして。
天之橋はコホン、と咳をひとつして話し始めた。
「その……先ほど、保健室でのことだが」
「はい?」
自分に向けられる視線を感じながら、天之橋は少し迷うようなそぶりを見せた。
「……その、……うなされていたようだが、嫌な夢でもみていたのかね?」
「!」
瞬間、夢の中の葉月のキスと、それを見た天之橋の表情が思い出され、少女は息をのんだ。
何も後ろめたいことはない、ただの夢のはずなのに。
唇に残る葉月のキスの感触が、そして天之橋の絶望の表情が、何故かやましさを感じさせる。
「…………」
黙り込んでしまう少女をちらりと見て、天之橋は後悔した。
寝言を聞いてしまったことを、彼女は気にするかもしれないと思いながら、聞かずにいられなかった自分を恥じた。
しかし、少女の寝言は甚だ不可解で。どうしても、気になって仕方なかった。

イヤだ……天之橋さん……好きじゃ…ないよ。珪くん……

取りようによってどうにでも取れる言葉。
それだけに、天之橋は気が気ではなかった。
万が一、自分が嫌われていたらと思って。

「……すまない。レディの夢を追求するなんて、ルール違反だね」
だが。目の前の少女がつらそうに黙り込んでいる、そちらの方が何よりも苦痛だった。
天之橋は少女に詫び、忘れなさいと言って笑った。

「………天之橋さん」
「なんだね?」
車は海岸沿いを走っている。夕日に変わる直前のような色の太陽が、海を染めている。
「わたし、お願いがあるんです。聞いていただけますか?」
「それは……構わないが。何かな?」
「どんなことでも?」
殊更に念を押す少女。いぶかしげに、それでもはっきりと、彼は頷いた。
「ああ、私に出来ることならなんでも」

 

「キスしてください」

 

キキキ、とタイヤを軋ませて。
車は路肩に停止した。
あわてて助手席を見ると、少女は自分の握りこぶしの先をじっと見つめたままだ。

「わたし……夢を見たんです。その夢は、体調が悪くて情緒不安定だから見たんだってわかってるんですけど……」
どう声を掛けていいか悩む彼に、少女は静かに話し出した。
「好きでもない人に、抱きしめられて。キス……、されて。
 でも、身体が動かないんです。私の意志じゃないのに、嫌だと思っても動かないんです」
ふるっと体を震わせて、少女は目を閉じた。
「それが、怖くて……。その時の恐怖が、残ってしまっていて。
 だから……、もし、天之橋さんが嫌じゃなければ……」
そこまで言ってから、少女は前を向いたままふっと表情を曇らせた。
「……あの……別に、そういうんじゃなくって……えっと、例えば、レディの教養として……とか」
断られるのを、何より怖がっているような、挙動。
迂闊にも展開について行けず、無言のままの彼に、少女は泣きそうな顔をした。
「あの……や、やっぱり、いいです。私、情緒不安定で……変なこと言い出しちゃって……ごめんなさい!」
ここからは一人で帰れます、と言い置いてシートベルトを外そうとする少女の手を、大きな手が包み込んだ。
「えっ?」

振り向いた彼女の唇に。
触れるだけのひそやかなキスを。
おとす。

「…………」
一瞬、身を震わせた少女が、ゆっくりと瞳を閉じたので。
天之橋は、ようやく心を安らげることが出来た。
もしも、彼女の好きな人が葉月で。
“好きでもない人”が、自分だったなら。
夢の中ではできなかった拒絶を、するつもりかもしれないと思ったから。
「…………」
しかし彼女は、頬を紅潮させて、大人しくされるがままになっている。
その事実が、少なくとも彼を嫌っているのではないと思えて、たったそれだけのことが年甲斐もなく嬉しくなった。

しばらくして、名残惜しげに唇を離すと、彼女は真っ赤になって俯いた。
「……レディの教養として教える、というには……あまりに私のメリットが大きいね」
えっ、と聞き返す少女に。

「代わりに、いつか……教養ではないキスを君に贈るよ」

それだけ言って、涼やかに笑って見せた。

FIN.

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