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 One spoon Spice 2 

火曜はバイト日。
彼女はずっしり重い紙袋を持って、休憩室からの通路で店内をうかがっていた。
何度かそうしていたら彼と目が合ってしまって、慌てて引っ込む。

「………なーにやってんだ?」
「ひゃあ!……別になんでもないです!」

足音もなく近づいた彼に急に声を掛けられて、彼女が咄嗟に紙袋を隠す。

「早く出てこないと有沢に怒られるぞ〜?さん、遅いわよ。ってな〜……ん?何持ってんの?」
「ええと、その………せ、先輩、実験台になってくれませんか!?」
「ジッケンダイィ〜〜?……何の?」

きょとんとする彼に、ゆうべ寝ずに考えたセリフを並べる。

「あの…今お料理の練習してて、いろいろ作ってるんですけど…全部食べきれないんです。人に批評してもらった方が腕前が上がるって言うし、だから……」
「はっは〜ん…そんでオレに味見しろって?」
「……お願いします」

おずおずと差し出された紙袋を真咲がひょいと持ち上げた。

「おぉ、質より量ってカンジ!……これ、食えるんだろうな?」
「失礼な!ちゃんと味見してますよ!?」
「ど〜だかなーあ?ま、そういうことなら辛口で批評してやるぞ。ドンと来い……あ、おまえ先に食って腹壊さなかった?」
「ひどーい!」

ふくれる彼女の頭をひとつ叩き、ケラケラと笑いながら紙袋を持って更衣室に消えていった。

 

◇     ◇     ◇

 

「うぉ、三段重ねじゃん!?」

バイトが終わって、いつになくウキウキと帰宅した彼は、紙袋の中の包みを開けて思わず歓声をあげた。
普通の重箱よりは小さいが、それでも一食分にしては大きいそれは、全体がピンクでふたの角にうさぎがちょこんと描かれていた。
ぱかりとふたを取ると、色とりどりのおかずがきっちりと詰められて。
二段目は全部、ゆかりと海苔と梅干しの三角おにぎりで、最後はデザートなのか、サンドイッチとうさぎのりんご。

「ヤベー、嬉しー…」

三つ並べて、箸を持った手をいただきます、と合わせる。

「………たこウインナー、は味より形だな…○、と」
「卵焼き…ハハ、慣れてねーなぁ。△だな」
「唐揚げは…おぉ?うまいな。◎をやろう」

ひとつひとつ食べては、脇に置いたメモ用紙に書き込んでいく。
全種類食べ終え、きっちり半分明日に残してごちそうさま、と声に出す。
最後に点数を書き込もうとして、ペンが止まった。

「…………厳しくしとこーっと」

意地っ張りな彼女のふくれっ面を思い浮かべながら『50点』を書き込んだ。

 

◇     ◇     ◇

 

次のバイト日は木曜。
家に帰ると手も洗わずに二階の自分の部屋に駆け上がった。
返ってきたお弁当箱の包みをドキドキしながらほどく。
渡された時に”中に点数入ってっからな”とニヤリと笑われて、気になってお客さんに気づかず有沢さんに怒られたほど。
ふたを開けるとキレイに洗われていて、二つ折りのメモ用紙が入っていた。
おそるおそる開くと大きく書かれた点数が目に飛び込む。

「50点〜!?がんばったのに〜!!」
「……肉じゃがは×だ〜……しょっぱい醤油入れすぎ!だって。甘めが好きなのかなぁ…」
「うさぎリンゴ△…耳が立ってない、ってアレどうやったら立つの!?」
「あ!からあげ◎だ!うまかった、だって。ふふ」

彼女は一喜一憂しながらそれを何度も読み返して、やがて大きく息をつく。
おなかいっぱい食べて欲しかったのも本当。
けれど手作りお弁当で女の子らしさアピールを、という気持ちもどこかにあった。
………見事にあてが外れてしまったが。
厳しいコメントがついているけれど問題点はいちいち正確で、ちゃんと真剣に食べてくれたのが分かる。

「……くっそう絶対100点取ってやる〜〜っっ!!」

悔し紛れにドン、と机を叩いて、料理の本を広げると次回の献立と配置を考えながら設計図を描き始めた。

 

◇     ◇     ◇

 

火曜日のお楽しみ。
家に帰って、風呂に入って、着替えて。
彼女の作った弁当を採点する事。

これでもう何度目だろう。
回を重ねるごとに上手になっていくのを確かめるのが楽しいはずなのに。
自分が彼女を成長させているようで嬉しかったはずなのに。
ダメな所を探すのが間違い探しみたいに難しくなってきた頃から、ふたを開ける前にため息が漏れる。
意識して手を動かしてふたを取ると、いつも通り彩りよく詰められたおかずたちが顔を出した。

骨に銀紙が巻かれた唐揚げは、うまいのが分かってるから後回し。
厚焼き卵も素晴らしく楕円形に仕上がっているので後回し。
エビフライはきつね色。
カボチャの面取りも完ペキ。
最後の段に、初お目見えの軽く焦げ目のついたスィートポテトを見つけてやっと口に入れた。

「………なんだよ、うまいじゃねーか」

ペンを放って、落胆したように呟いた。

……こんなの男に作ったらイチコロだろうが」

自分は実験台。
本当はしばらく前からコメントに考える時間が必要だったが、細かい粗を探して何とか引き延ばしてきた。
自分が合格を出したら、彼女はこれを誰に作ってやるつもりなんだろう。
ごはんの上に海苔で書かれている”センパイファイト!”の文字は他の誰の名前になるのか。

「娘がいる親父ってこんな感じなのかなー……」

海苔の文字の間に置かれたハート型の人参を指でつまんで口に入れる。
小さい頃は嫌いでよく残していた。
今も得意ではないそれまで、甘く煮られていてうまい。

彼は諦めたようにペンを取り上げ、メモ用紙に向かった。

 

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