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 I need… 1 

「おまえが踏んだんだ!…あぁもう!だから来るなって言ったんだ!!!」

激しい言葉が口を突く。
彼女はひどく驚いたように固まっていて。
しまった、と思うけれど、今更優しげにすることも出来ず。
次々と本心とは真逆の言葉を浴びせかけてしまう。

「コンタクト…この前割っちゃって買ったばかりだったのに!」

落としたのは自分。
そして近視に乱視の自分には、彼女が踏まなくても見つけることは出来なかったに違いなく。
それでも諦めきれずにうろついていただけで、彼女に非はない。
ああ、分かっているのに。
おろおろと何度も謝る彼女に、どうしていいか分からない。

「もうおまえなんかどっか行けよ!!」
「………ごめんね瑛くん…あの、弁償するから」
「いらねーよ!行けったら!!」
「でも……」

揺れる声。
きっと半分泣き顔で服の裾を掴んでいるに違いない。
そんな顔させたくないのに。
自分を見つけて、大きな声で名前を呼んで、多分満面の笑顔で駆け寄って来てくれたであろう彼女に。
何で俺はこんな言葉を投げつけているんだ?
笑うのなんか簡単じゃないか。
これが彼女ではなく、キャーキャーうるさい取り巻きの一人だったら。

”いいんだ、落としたの俺だし。気にしないで”
”ごめんね、そんな顔しないで笑ってよ”

なんて、彼女に今言ってあげたい事が言えるはずなのに。

「瑛くん、あの……今持ち合わせが少ないけど、使い捨てなら買えるから眼科に行こう…?それでね、明日にはちゃんと弁償するから……本当にごめんなさい…」

自分が裸眼ではまっすぐ歩くこともままならないのを彼女は知っている。
前に朝早く学校で予習しているのを見られてしまった時に、眼鏡を掛けているのが恥ずかしくてつい言い訳に話してしまったから。
だから、こんなに酷い事を言われても自分の前から動こうとせず、じっと耐えて。
二言、三言目も何とか飲み込んで、やっと声音を抑えることが出来るようになった。

「…………いらねーから、ほんとに。……眼鏡屋連れてってくれたら、いい」
「分かった。……じゃあ危ないから、手つないでいい?」

仏頂面の俺の手を、恐る恐る握る小さな手。
ぼやけた視界の中に風に舞うさらさらの髪。

”赤信号だからちょっと、待ってね?”
”段差があるから気をつけてね”
”ごめんね、もう少しだから我慢して”

いちいち振り返って声を掛ける彼女に手を引かれ。
格好悪くて。
恥ずかしくて。
頷くことも出来ない俺。

やがて見知った色使いの建物が大きくなって。
手は離れて、知り合いの店員が不味いコーヒーを愛想笑いで運んで来た時に。
さっきまでのカッコワルイ自分が、それでも滅多にない幸運を掴んでいた事を知る。
子猫のように小さくやわらかい手を、どうしてもっと優しく扱えなかったのか。
女の子に手を引かれている自分を恥じて、どうでもいい店員に見られまいと自分から引ったくるように離した手。
つないでいる理由が無くなってから惜しくなったって、もう戻れない。

おべっかを使う女店員に笑顔を向ける前に。
後ろで所在無さげに立っている彼女にこそ。
言わなければならないことがあるのは、分かっているのに。

ああ。俺、なんでこんなに馬鹿なんだろう?
いっそのこと全部ぶちまけて砕け散ってしまえば、もっと優しくなれるのか?

眼鏡店の自動ドアをくぐって。
急拵えの不格好な厚いレンズ越しに、またも彼女が申し訳なさそうに口を開く。

「マスターにも謝りたいから、珊瑚礁までついていってもいい?」

そんな事はどうでもいいけれど。
もっと一緒に居たいから嬉しいよ。

そんな言葉がすらすら出てきてくれたなら。
俺は恨んだ事しかない神に感謝する気にもなれるのに。
黙って先を歩くしか出来ない俺は、また心の中でそいつに唾を吐いた。



開店準備をしていた祖父は、本当に自分と血がつながっているのかと疑うほど優しく彼女を慰めて。
気にしないように言いながら、自分に非難の目を向ける。
怯えたような彼女の表情を見て、自分がどういう態度を取ったのか長い付き合いで分かるらしい。
コーヒーを勧められて、開店準備の邪魔になるからと断る彼女に。
笑顔で、俺の部屋が見晴らし抜群だと告げる。

「そんなとこに突っ立ってる方が邪魔だ。さっさと来い」

そう言って先に立つと、後ろから祖父の厳しい声。

「女の子にそんな風に言うもんじゃない」

分かってる。
分かってるよ。
女の子だからという理由じゃなくて。
彼女にだけはそんな風に言いたかないよ、俺だって。

 

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