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 Jamp Up 2 

「………さ…くん……咲くん………真咲くんったら!!」
「うわ………っっ!!」

バシャン、と水の入ったバケツをひっくり返して我に返った。
呆れたようにそれを見て、有沢がため息をつく。

「もう、またなの?……今日はどうかしてるわよ?」
「あ〜…あぁ、悪りぃ…ちっと考え事してて」
「今日はあっちこっちで卒業式だから朝忙しくてこの時間は急に暇になるから…つい気が抜けちゃうのは分かるけど。しっかりしてよ?」
「……うぃ〜っす」
「じゃあさっき届いたスパイレアをお店に並べてくれる?」
「スパイレア……雪柳?」
「トラックが遅れてこんな時間になっちゃったんですって。値引きしてもらわなきゃ」

優美に伸びた枝が見えないほどたくさんの白い花。
そっと触れてもはらはらと粉雪のような小さい花びらを落とすそれを、真咲がまじまじと見て。
やがて一抱えはありそうなそれらを、花生けから全て取り上げた。
すたすたと作業台に向かい、透明セロファンとリボンを取り出した彼に有沢が慌てる。

「ちょっと、真咲くん!?それまだ売れてないってば!お店に並べるの!」
「……今、オレが買った。給料天引きしといてくれ」
「…………ボケてるわけじゃないのね?それ…全部?」
「おう。全部」
「分かったわ。……………配達終わったら早く帰ってきてね。それともお腹でも痛くなったのかしら?」
「いや、これからなる予定だ。……サンキュ、有沢」
「……また注文しなきゃならないじゃないの………」

は〜、とため息をつきながら店の奥に引っ込むと、いつにもまして真剣に花束を作る彼の横顔を、陰から有沢が覗き見て。
しばらくして配達車とは違うエンジン音が慌てたように遠ざかるのを聞いて、店長と二人でくすくすと笑った。



式典がつつがなく終わり、教室で友達とたくさん写真を撮って。
部活の後輩から渡されるたくさんの花束に笑顔で礼を言うと、涙ぐんだ彼女たちから制服のリボンをねだられる。
クラス全員で黒板に落書きして、担任や見知った先生に贈られる”おめでとう”の言葉。
それらを全て終えて、式典に出席していた両親が待つ昇降口に続く階段を下りていく。

ここでこっそり友達とバレンタインの予定を相談していたのは、ついこないだの事なのに。
もう全てが懐かしいような気がしてしまう。
階段を下りきって、そこに立っているスーツ姿の両親を見つける前に。
自分の靴箱が真っ白なのに、驚いて目を見開いた。

「………………雪柳…こんなに、たくさん」

夢を見ているような気分でそこにたどり着いて。
持っていた花束を全て父親に渡し、靴箱いっぱいに入れられたそれを彼女が胸に抱く。
揺らされてはらはらと、足元に雪が降った。

「……お父さんお母さん、私ちょっと用事があるから先に帰るね」

それなら担任に挨拶してくる、という母親の言葉にひとつ頷いて。
彼女は花びらのたくさんついた靴を履いて昇降口を出た。

校庭を横切りながらつぼみの固い桜並木を見上げ、初めて校門をくぐった日のことを思い出す。
三年前の入学式には満開で風に舞っていた桜も、今はまだ寒々としていて。
その代わりのようにずっと校門まで続く、雪柳のちいさな花びら。
それを辿って校門を出ると、少し離れた場所に見慣れた車。
白い花びらはそこへの道標のようにアスファルトに舞い落ちていた。



歩くたび、花びらが落ちる。
近づくたび、足元に確かになる白い道。
むこう向きに止められた車のすぐ側まで来ると、運転席のドアにもたれた彼が、舞い散る花びらを見て微笑んだ。
頭の中で昔の彼の声が聞こえる。

小さいたくさんの花をつけるけどな、これが意外にもバラ科の植物なんだよ。
秋には紅葉もして、アレンジメントによく使われる花だからちゃんと覚えとくんだぞ。
花言葉は……まぁ、自分で調べてみろ。………オレは、ピッタリだと思うぞ?

雪柳の花言葉は。

『愛らしさ』
『懸命』
そして
『静かな思い』

「………やっぱ、似合うな。その花、おまえみたいだって思ってたんだ」
「真咲先輩……今日、私…先輩にお話があるんです」
「………そっか。今日じゃないかと、思ってた。…何となく」

助手席のドアを開けるとそこも一面に白く。
払おうとする彼の手を彼女が止めて、そのままでそこに乗り込む。
大きな白い花束を膝に抱くと、雪柳に半分埋まった顔。
その愛らしい横顔が、自分の勝手な想いで曇らないように。
彼は願わずにいられなかった。

 

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