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    ラヴィンユー 1    

 

もしもあの時、それを聞かなければ。
ふと漏れ聞こえてきた偶然と出逢わなかったら。
俺の人生は、一体どうなっていただろうか。

今になっても、繰り返しそう思う。

それまでの俺は、欲しいと渇望することのない人間だった。
欲しいものはすぐ手に入り、要らないものはすぐ捨てる。
無能な他人にイラついても、気に入らなければその場で切り捨てられた。

あんなふうに、なにかに執着したことなんかなかった。
そして、執着しても自分では掴めないものがあるなんて考えてもみなかった。

 

 

 

「付き合って…?俺が、か?ガルル、冗談も程々にしろよ」

それが聞こえてきた時。
心臓がどくん、と不協和音を奏でたのが分かった。

なにもない平和な午後、もう見飽きた基地の中。
ため息をつきそうな調子で、部屋の中から聞こえてきた台詞。

「……貴様、俺をからかっているのか?好きでもない人間に付きまとわれて、嬉しいはずがなかろう」

足と鼓動が、同時に止まる。
どうして、聞いてしまったのだろう。
盗撮映像ならまだしも、わざわざラボを離れている時に。こんな廊下のど真ん中で。防諜フィールドもかけずに通信しているところに、リアルタイムで遭遇するなんて。

「そもそも、ミッションが終われば二度と会わない人間だ。本来なら顔を合わせることもなかっただろう。
 任務だからとなんとか目はつぶったが、それにしても、あの行為は迷惑以外の何物でもない」

クルルは一瞬、すべてのものを呪いたい気分になった。
いけ好かない彼の兄にも、書類を届けるためにそこを通らせた隊長にも、不用意に会話を聞いてしまった自分にも。
こんなことを聞かなければ、気づかずに済んだのに。

「俺は、あんな人間とどうにかなるつもりはない。くだらん詮索をしてくる暇があったら仕事をしろ、ガルル」

その言葉には、明らかな嫌悪と侮蔑が混じっていた。
クルルは静かに足を踏み出すと、ずっと続く廊下をゆっくりと歩き出した。




どうやってラボまで帰ってきたか、よく覚えていない。
クルルは薬品棚に直行すると、置いてある酒を取り出して一気に煽った。

「……ク、ッ」

カ、と喉が焼け付く感触。
ほとんど純粋エタノールと変わらないそれは、煽るような酒ではない。唇に触れた瞬間に気化し、口内も食道も文字通り焼きながら伝い降りていく。
一瞬、胃の中の物が逆流しそうになって、クルルは顔をしかめてそれに耐えた。

息の詰まるような感覚。それは決して、酒のせいだけではない。
さっき漏れ聞いた通信に、ショックを受けている自分がショックだった。

クルルとギロロの関係は、特殊先行部隊の同胞。ただそれだけ、のはずだ。
たとえ、クルルが実験と称してギロロに関係を迫っても、それをギロロが表立って拒まなくなっても、それどころか彼の隣で朝まで微睡んでいくようになっても。
その関係は甘いものでも暖かいものでもなく、単なる戯れ以上ではないと、思っていたはずだった。

なのに、今は気づいてしまった。
本当はもう、そうは思っていないことに。
自分から仕掛けた戯れに、いつの間にか執着していたことに。
そして、彼の方はそんな気持ちは全くなく、ただ自分を嫌悪しているということにも。

「……バカバカしい」

ククククク、と止まらない笑いに身を浸しながら、喉の焼けが収まらないうちにもう一度がぶりと流し込む。
ぐるりと世界が回って、耐えきれず床に膝をついた。

「……そういえば……書類は隊長に渡したっけ…なァ…?」

そんなどうでもいいことを考えながら、クルルは泥水のような濁った酔いに落ちていった。

 

◇     ◇     ◇

 

それから2週間の間、クルルはラボを一歩も出なかった。
最初の内は隊長からうるさく通信が入ったけれど、『本部の頼まれ仕事をやってる』と伝えたらそれは一切来なくなった。
食事はサプリメントで済ませる。情報収集だのハックだの、やりたいことだって無い訳じゃない。
今日の天気も知る必要のない、慣れたはずの日常がどことなく新鮮で、随分と様変わりしていたのだと今更気づいた。
そんな生活を続けるうちにも、折に触れては思い出す。

『おまえはどうしてそうなんだ。そんな不健康な生活を続けていれば、体調を崩してしまうぞ?』

眉根を寄せて、腕を組んで。
コンピュータの前から動かない自分を、外へ連れ出そうとする姿。

『ほら、食事だってそんなカプセルじゃ駄目だ。俺が作ってやるから、食え』

不器用な手際で作った不格好な料理を、顔を赤らめながら差し出す姿。

『お、おまえが……その、必要だというなら。実験に付き合ってやらんこともない』

どんな実験なのかなんて、一度も説明したことはないのに、律儀に頷く姿も。

『ク……ルル…っ、あ、ぁっ』

そして、艶めかしい喘ぎが、鮮明に脳裏に甦る。
しどけなく足を開いて。屹立しているそれと穿たれているそこを、惜しげもなく晒け出して。
びくびくと震える身体が、やがて感極まったように、手を伸ばしてくる。
引き寄せられるままに身を伏せると、涙の浮かんだ瞳で、懸命にキスをねだる仕草。
一度も、自分からしてきたことも要求を口に出したこともないけれど、してほしい、とその瞳が語っていた。

『クルル……くるるぅ、あ、ん、…は、……あああっ』

あれが、迷惑だと思っている人間の態度なのか。

『ん…っ、い、っ……あ!だめだ、…も…あぁっ…!』

ぎゅっと抱きしめる腕も、ぼろぼろと流れる涙も。
酷い辱めを受けているから、その屈辱のせいだったのか?

「……くそ」

クルルは、思い返す内に勃ち上がってきている自分のそれを忌々しげに見つめると、半ば自棄になったように握り込んだ。
指を動かして、頭の中で扇情的に動く薔薇色の姿態を思う。辿々しく腰を揺らし、堪えきれないように震えて、やがて自分の名を呼び取り縋って果てる身体を。
けれど。

『俺は、あんな人間とどうにかなるつもりはない』

赤く滲む漆黒の瞳を想像するだけで達してしまいそうなのに、あの言葉がどうしても最後の一線を越えることを拒む。
ずっと、頭の中から離れない。あの言葉が。あの心底嫌そうな、不快そうな声音が。

「クソッ!」

徒にぬめるだけのそこにイラついて、がばりとシートから身を起こす。
もうそばに常備している酒のグラスを払うと、がしゃんと鈍い破砕音が響いた。
情けない。まるで未熟なガキのようだ。これからずっと、自分はあれを抱えていく気なのか。
遊びで始めた、なんの価値もないと思っていた人間との行為を、拒絶された記憶と一緒に抱え込んでいくのか。

「……ダセえ」

唇を噛んで呟いても、身体の火照りは消えなかった。頭に流れる映像も。あの声も。
それを消すために、酒の瓶を引っ掴んで直接煽ろうとした時。
ドンドン、とドアを叩く音が聞こえた。

 

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