奥のドアを開けようとする千尋。
  
湯婆婆 ……ノックもしないのかい!?
千尋 やっ!?
湯婆婆 ま、みっともない娘が来たもんだね。
さぁ、おいで。……おいでーな〜。
千尋 わっ!わ……っ!!
いったぁ〜……
  
頭が寄ってくる。
  
千尋 ひっ、うわぁ、わあっ……わっ!
湯婆婆 うるさいね、静かにしておくれ。
千尋 あのー……ここで働かせてください!
  
魔法で口チャックされる千尋。
  
湯婆婆 馬鹿なおしゃべりはやめとくれ。そんなひょろひょろに何が出来るのさ。
ここはね、人間の来るところじゃないんだ。八百万の神様達が疲れをいやしに来るお湯屋なんだよ。
それなのにおまえの親はなんだい?お客さまの食べ物を豚のように食い散らして。当然の報いさ。
おまえも元の世界には戻れないよ。
……子豚にしてやろう。ぇえ?石炭、という手もあるね。
へへへへへっ、震えているね。……でもまあ、良くここまでやってきたよ。誰かが親切に世話を焼いたんだね。
誉めてやらなきゃ。誰だい、それは?教えておくれな……
千尋 ……あっ。ここで働かせてください!
湯婆婆 まァだそれを言うのかい!
千尋 ここで働きたいんです!
湯婆婆 だァーーーまァーーーれェーーー!!!
  
湯婆婆 なんであたしがおまえを雇わなきゃならないんだい!?見るからにグズで!甘ったれで!泣き虫で!頭の悪い小娘に、仕事なんかあるもんかね!
お断りだね。これ以上穀潰しを増やしてどうしようっていうんだい!
それとも……一番つらーーいきつーーい仕事を死ぬまでやらせてやろうかぁ……?
  
湯婆婆 ……ハッ!?
あーーーーん、あーーん、ああああーーー
湯婆婆 やめなさいどうしたの坊や、今すぐ行くからいい子でいなさいね……まだいたのかい、さっさと出て行きな!
千尋 ここで働きたいんです!
湯婆婆 大きな声を出すんじゃない……うっ!あー、ちょっと待ちなさい、ね、ねぇ〜。いい子だから、ほぉらほら〜。
千尋 働かせてください!!
湯婆婆 わかったから静かにしておくれ!
おおぉお〜よ〜しよし〜……
  
紙とペンが千尋の方へ飛んでくる。
  
湯婆婆 契約書だよ。そこに名前を書きな。働かせてやる。その代わり嫌だとか、帰りたいとか言ったらすぐ子豚にしてやるからね。
千尋 あの、名前ってここですか?
湯婆婆 そうだよもぅぐずぐずしないでさっさと書きな!
まったく……つまらない誓いをたてちまったもんだよ。働きたい者には仕事をやるだなんて……
書いたかい?
千尋 はい……あっ。
湯婆婆 フン。千尋というのかい?
千尋 はい。
湯婆婆 贅沢な名だねぇ。
今からおまえの名前は千だ。いいかい、千だよ。分かったら返事をするんだ、千!!
は、はいっ!
  
ハク様 お呼びですか。
湯婆婆 今日からその子が働くよ。世話をしな。
ハク様 はい。……名はなんという?
え?ち、…ぁ、千です。
ハク様 では千、来なさい。
  
ハク。あの……
ハク様 無駄口をきくな。私のことは、ハク様と呼べ。
……っ
  
父役 いくら湯婆婆さまのおっしゃりでも、それは……
兄役 人間は困ります。
ハク様 既に契約されたのだ。
父役 なんと……
よろしくお願いします。
湯女 あたしらのとこには寄こさないどくれ。
湯女 人臭くてかなわんわい。
ハク様 ここの物を三日も食べれば匂いは消えよう。それで使い物にならなければ、焼こうが煮ようが好きにするがいい。
仕事に戻れ!リンは何処だ。
リン えぇーっ、あたいに押しつけんのかよぅ。
ハク様 手下をほしがっていたな。
父役 そうそう、リンが適役だぞ。
リン えーっ。
ハク様 千、行け。
はいっ。
リン やってらんねぇよ!埋め合わせはしてもらうからね!
兄役 はよいけ。
リン フン!……来いよ。
  
リン ……おまえ、うまくやったなぁ!
えっ?
リン おまえトロイからさ、心配してたんだ。油断するなよ、わかんないことはおれに聞け。な?
うん。
リン ……ん?どうした?
足がふらふらするの。
  
リン ここがおれたちの部屋だよ。食って寝りゃ元気になるさ。
前掛け。自分で洗うんだよ。…袴。チビだからなぁ……。でかいな。
リンさん、あの……
リン なに?
ここにハクっていうひと二人いるの?
リン 二人ぃ?あんなの二人もいたらたまんないよ。……だめか。
あいつは湯婆婆の手先だから気をつけな。
……んっ……ん……
リン ……おかしいな…あああ、あったあった。ん?
おい、どうしたんだよ?しっかりしろよぅ。
うるさいなー。なんだよリン?
リン 気持ち悪いんだって。新入りだよ。
  
湯婆婆が鳥になって飛んでいく。見送るハク。
  
寝ている千のもとへ、ハクが忍んでくる。
  
ハク様 橋の所へおいで。お父さんとお母さんに会わせてあげる。
  
部屋を抜け出す千。
  
靴がない。
……あ。ありがとう。
  
ススワタリに手を振る千。
橋の上でカオナシに会う。
  
ハク様 おいで。
  
花の間を通り畜舎へ。
  
……おとうさんおかあさん、私よ!……せ、千よ!おかあさん、おとうさん!
病気かな、ケガしてる?
ハク様 いや。おなかが一杯で寝ているんだよ。人間だったことは今は忘れている。
うっ……くっ……おとうさんおかあさん、きっと助けてあげるから、あんまり太っちゃだめだよ、食べられちゃうからね!!
  
垣根の下でうずくまる千。ハクが服を渡す。
  
ハク様 これは隠しておきな。
あっ!……捨てられたかと思ってた。
ハク様 帰るときにいるだろう?
これ、お別れにもらったカード。ちひろ?……千尋って……私の名だわ!
ハク様 湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ。いつもは千でいて、本当の名前はしっかり隠しておくんだよ。
私、もう取られかけてた。千になりかけてたもん。
ハク様 名を奪われると、帰り道が分からなくなるんだよ。私はどうしても思い出せないんだ。
ハクの本当の名前?
ハク様 でも不思議だね。千尋のことは覚えていた。
お食べ、ご飯を食べてなかったろ?
食べたくない……
ハク様 千尋の元気が出るように呪い(まじない)をかけて作ったんだ。お食べ。
……ん……ん、んっ………うわぁああーー、わぁああーーー、あぁああーーん……
ハク様 つらかったろう。さ、お食べ。
ひっく……うぁあーーん……
  
ハク様 一人で戻れるね?
うん。ハクありがとう、私がんばるね。
ハク様 うん。
  
帰り際、空に昇る白い竜を見つける。
  
わぁっ。
  
釜爺が水を飲みに起き、寝ている千を見つける。座布団を掛けてやる。
  
湯婆婆が戻ってくる。
  
リン どこ行ってたんだよ。心配してたんだぞ。
ごめんなさい。
  
名札を掛けるのに手間取る千。
  
湯女 じゃまだねぇ。
  
リン 千、もっと力はいんないの?
兄役 リンと千、今日から大湯番だ。
リン えぇーっ、あれは蛙の仕事だろ!
兄役 上役の命令だ。骨身を惜しむなよ。
  
水を捨てに来る千。外に立っているカオナシを見つける。
  
あの、そこ濡れませんか?
リン 千、早くしろよ!
はーーい。……ここ、開けときますね。
  
湯女 リン、大湯だって?
リン ほっとけ!
  
リン ひでぇ、ずーっと洗ってないぞ。
  
転ぶ千。
  
うわっ!……あーっ。
  
リン ここの風呂はさ、汚しのお客専門なんだよ。うー、こびりついてて取れやしねえ。
兄役 リン、千。一番客が来ちまうぞ。
リン はーーい今すぐ!チッ、下いびりしやがって。
一回 薬湯入れなきゃダメだ。千、番台行って札もらってきな。
札?……うわっ!
リン 薬湯の札だよ!
はぁーい。……リンさん、番台ってなに?
  
湯婆婆 ん?…なんだろうね。なんか来たね。
雨に紛れてろくでもないものが紛れ込んだかな?
  
街を進んでくるオクサレさま。
  
番台蛙 そんなもったいないことが出来るか!……おはようございます!良くお休みになられましたか!
湯女 春日様。
番台蛙 はい、硫黄の上!……いつまでいたって同じだ、戻れ戻れ!手でこすればいいんだ!
おはようございます!……手を使え手を!
でも、あの、薬湯じゃないとダメだそうです。
番台蛙 わからんやつだな……あっ、ヨモギ湯ですね。どーぞごゆっくり……
あっ……
  
背後にカオナシを見つけて会釈する千。
  
番台蛙 んん?
  
リリリリリ
  
番台蛙 はい番台です!…あっ、……うわっ!?
あっ!ありがとうございます!!
番台蛙 あー、違う!こら待て、おい!
湯婆婆 どしたんだい!?
番台蛙 い、いえ、なんでもありません。
湯婆婆 なにか入り込んでるよ。
番台蛙 人間ですか。
湯婆婆 それを調べるんだ。今日はハクがいないからね。
  
リン へぇーずいぶんいいのくれたじゃん。
これがさ、釜爺のとこへ行くんだ。混んでないからすぐ来るよきっと。
これを引けばお湯が出る。やってみな。
うわっ!……
リン 千てほんとドジなー。
うわ、すごい色……
リン こいつにはさ、ミミズの干物が入ってんだ。こんだけ濁ってりゃこすらなくても同じだな。
いっぱいになったらもう一回引きな、止まるから。もう放して大丈夫だよ。おれ朝飯取ってくんな!
はぁーい。……あっ。
  
カオナシを見つける。風呂の縁から落ちる千。
  
うわっ!……いったぃ…った……
あの、お風呂まだなんです。
わ…こんなにたくさん……
えっ、私にくれるの?
カオナシ あ、あ、……
あの……それ、そんなにいらない。
カオナシ あ、…
だめよ。ひとつでいいの。
カオナシ あ……
  
え…あっ!
  
釜から水があふれる。
  
うわぁっ!!
  
父役 奥様。
湯婆婆 クサレ神だって!?
父役 それも特大のオクサレさまです!
従業員 まっすぐ橋へ向かってきます!
  
従業員達 お帰り下さい、お帰り下さい!
青蛙 お帰り下さい、お引き取り下さい、お帰り下さい!
うっ……くっさいぃ〜…!
  
湯婆婆 ぅう〜ん…おかしいね。クサレ神なんかの気配じゃなかったんだが……
来ちまったものは仕方がない。お迎えしな!
こうなったら出来るだけはやく引き取ってもらうしかないよ!
  
兄役 リンと千、湯婆婆様がお呼びだ。
あ、はいっ!
湯婆婆 いいかい、おまえの初仕事だ。これから来るお客を大湯で世話するんだよ。
……あの〜……
湯婆婆 四の五の言うと、石炭にしちまうよ。わかったね!
父役 み、見えました……ウッ…
  
湯婆婆・千 ウゥッ……!!
湯婆婆 …おやめ!お客さんに失礼だよ!
が・が・……ヨク オコシクダしゃいマシタ……
え?あ オカネ……千!千!早くお受け取りな!
は、はいっ!
(ベチャッ)
うゥ…!
湯婆婆 ナニ してるんだい…!ハヤク ご案内しな!
ど どうぞ ……
  
リン セーーーン!
うぇっ……くっせえ…あっ、メシが!
  
湯婆婆 窓をお開け!全部だよ!!
  
大湯に飛び込み、千に何かを促すオクサレさま。
  
えっ?ぁ、……ちょっと待って!
  
上から見ている湯婆婆と父役。
  
湯婆婆 フフフフ、汚いね。
父役 笑い事ではありません。
湯婆婆 あの子どうするかね。
……ほぉ、足し湯をする気だよ。
父役 あぁああ、汚い手で壁に触りおって!
  
あっ……あっ!
  
札を下げようとして落とす千。他の札を取って釜爺に送る。
  
湯婆婆 んん?千に新しい札あげたのかい?
父役 まさかそんなもったいない……
  
わっ!
  
湯の紐を引きながら落ちる千。ヘドロにはまる。
  
父役 あああーっ、あんな高価な薬湯を!
  
オクサレさまに引っ張り出される千。何かに手を触れる。
  
……?あっ?
  
リン セーーーン!千どこだ!!
リンさん!
リン だいじょぶかあ!釜爺にありったけのお湯出すように頼んできた!最高の薬湯おごってくれるって!
ありがとう!あの、ここにトゲみたいのが刺さってるの!
リン トゲーー??
深くて取れないの!
  
湯婆婆 トゲ?トゲだって?……ううーん……
下に人数を集めな!
父役 えぇっ?
湯婆婆 急ぎな!
千とリン、そのお方はオクサレ神ではないぞ!
このロープをお使い!
はいっ!
リン しっかり持ってな!
はいっ!
湯婆婆 ぐずぐずするんじゃないよ!女も力を合わせるんだ!
結びました!
湯婆婆 んーーー湯屋一同、心をこめて!!エイヤーーーーソーーーーレーーーー
一同 そーーーれ、そーーーーれ!
そーーーれ、そーーーーれ!
自転車?
湯婆婆 やはり!さぁ、きばるんだよ!
  
オクサレさまからたくさんのゴミが出てくる。
  
河の主 はァーーー……
  
うっわっ……わあっ!
  
水の流れに包まれる千。
  
リン セーーーン!だいじょぶかあ!?
  
河の主 ……佳き哉……
あっ……
  
千の手に残る団子。
  
湯婆婆 んん……?
従業員 砂金だ!!
砂金だ!わあーっ!
湯婆婆 静かにおし!お客さまがまだおいでなんだよ!
千!お客さまの邪魔だ、そこを下りな!
大戸を開けな!お帰りだ!!
  
河の主 あははははははははは……
  
神様達 やんやーーやんやーー!!
湯婆婆 セーン!よくやったね、大もうけだよ!
ありゃあ名のある河の主だよ〜。みんなも千を見習いな!今日は一本付けるからね。
みんな おぉーー!!
湯婆婆 さ、とった砂金を全部だしな!
みんな えぇーーっ!そりゃねえやな……

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