仕事が終わって、部屋の前でくつろぐ千。 | |
リン | 食う?かっぱらってきた。 |
千 | ありがとう。 |
リン | あー、やれやれ…… |
千 | ……ハク、いなかったねー。 |
リン | まぁたハクかよー。……あいつ時々いなくなるんだよ。噂じゃさぁ、湯婆婆にやばいことやらされてんだって。 |
千 | そう…… |
女 | リン、消すよー。 |
リン | あぁ。 |
千 | 街がある……海みたい。 |
リン | あたりまえじゃん、雨が降りゃ海くらいできるよ。 |
おれいつかあの街に行くんだ。こんなとこ絶対にやめてやる。 | |
ふと、団子をかじってみる千。 | |
千 | ヴッ…うぅっ…… |
リン | ん?……どうした? |
人気のない大湯に忍び込む青蛙。 | |
青蛙 | ん?んんーーっ…… |
……砂金だ!……あ。 | |
おぬし!何者だ。客人ではないな。そこに入ってはいけないのだぞ! | |
……おっ!おっ、金だ金だ!こ、これをわしにくれるのか? | |
カオナシ | あ、あ…… |
青蛙 | き、金を出せるのか? |
カオナシ | あ、あ、…… |
青蛙 | くれ〜っ!! |
青蛙 | わあっ!!! |
カオナシにひとのみにされる青蛙。 | |
兄役 | 誰ぞそこにおるのか?消灯時間はとうに過ぎたぞ。 |
うっ……? | |
カオナシ | 兄役どの、おれは腹が減った。腹ぺこだ! |
兄役 | そ、その声は…… |
カオナシ | 前金だ、受け取れ。わしは客だぞ、風呂にも入るぞ。みんなを起こせぇっ! |
千 | お父さんお母さん、河の神様からもらったお団子だよ。これを食べれば人間に戻れるよ、きっと! |
たくさんの豚が一斉にこっちを見る。 | |
千 | お父さんお母さんどこ?おとうさーん…… |
千 | ハッ!……やな夢。 |
……リン?……誰もいない…… | |
千 | わぁっ、本当に海になってる! |
ここからお父さんたちのとこ見えるんだ。 | |
釜爺がもう火を焚いてる。そんなに寝ちゃったのかな…… | |
兄役 | お客さまがお待ちだ、もっと早くできんのか!? |
父役 | 生煮えでもなんでもいい、どんどんお持ちしろ! |
リン | セーン! |
千 | リンさん。 |
リン | 今起こしに行こうと思ったんだ。見な! |
本物の金だ、もらったんだ。すげー気前のいい客が来たんだ。 | |
大湯に浸かってごちそうを食べまくるカオナシ。 | |
カオナシ | おれは腹ぺこだ。ぜーーんぶ持ってこい! |
千 | そのお客さんって…… |
リン | 千も来い。湯婆婆まだ寝てるからチャンスだぞ。 |
千 | あたし釜爺のとこ行かなきゃ。 |
リン | 今 釜爺のとこ行かない方がいいぞ、たたき起こされてものすごい不機嫌だから! |
女たち | リン、もいっかい行こ! |
リン | ああ! |
部屋に戻る千。 | |
千 | ……おとうさんとおかあさん、分からなかったらどうしよう。おとうさんあんまり太ってたらやだなー。 |
はあ…… | |
海の中を白い竜が式神に追いかけられていく。 | |
千 | ん?……あぁっ! |
橋のとこで見た竜だ!こっちに来る! | |
なんだろう、鳥じゃない!……ひゃっ! | |
ハクーっ、しっかりーっ!こっちよーっ!!……ハク!? | |
ハクーっ!! | |
部屋に竜が飛び込む。窓を閉めようとする千に、式神が飛びかかる。 | |
千 | うわぁっ!わぁああーっ!!……あっ? |
……ただの紙だ…… | |
千 | ハクね、ハクでしょう? |
ケガしてるの?あの紙の鳥は行ってしまったよ。もう大丈夫だよ。……わっ! | |
湯婆婆のとこへ行くんだ。どうしよう、ハクが死んじゃう! | |
竜を追って走り出す千の肩に式神が張り付く。 | |
兄役 | そーれっ、さーてはこの世に極まれる♪お大尽さまのおなりだよ♪そーれっ |
みんな | いらっしゃいませ!! |
兄役 | それおねだり♪あ、おねだり♪おねだり♪ |
騒ぎの中をエレベータへ駆けていく千。 | |
蛙男 | おっ…と。こら、何をする。 |
千 | 上へ行くんです。 |
蛙男 | 駄目だ駄目だ。……ん?あっ!血だ!! |
千 | あっ…… |
兄役 | どけどけ!お客さまのお通りだ! |
千 | あ、あのときはありがとうございます。 |
兄役 | 何をしてる、早ぅど……うっ!? |
カオナシ | あ、あ、あ…… |
千に両手いっぱいの金を差し出す。 | |
カオナシ | え、え、…… |
千 | ……欲しくない。いらない! |
カオナシ | え、え…… |
千 | 私忙しいので、失礼します! |
こぼした金に群がる群衆をすり抜けて千が出ていく。 | |
兄役 | ええい、静まれ!静まらんか!!下がれ下がれ! |
これは、とんだご無礼を致しました。なにぶん新米の人間の小娘でございまして…… | |
カオナシ | ……おまえ、何故笑う。笑ったな。 |
兄役 | ぇえっ、めっそうもない! |
兄役・ 湯女 |
わっ、わっ、わああっ! |
丸呑みにされる兄役と湯女。皆がパニックで散っていく。 | |
窓からパイプづたいにはしごへ行こうとする千。走り出すと、パイプが外れて崩れていく。 | |
千 | わっ、わっ、わっ、わあっっ!! |
かろうじてはしごに飛びつく千。はしごを登り出す。 | |
千 | はぁっ、はぁっ……あっ!湯婆婆! |
うっ、くっ……くっ!くっ…あぁっ! | |
窓を押し開けようとする千。式神がカギを外して中に落ちる。坊の部屋へ。 | |
湯婆婆 | 全くなんてことだろねぇ。 |
千 | ! |
湯婆婆 | そいつの正体はカオナシだよ。そう、カ オ ナ シ! |
欲にかられてとんでもない客を引き入れたもんだよ。あたしが行くまでよけいなことをすんじゃないよ! | |
…あぁあ〜、敷物を汚しちまって。おまえたち、ハクを片づけな! | |
千 | はっ! |
湯婆婆 | もうその子は使いもんにならないよ! |
千 | あっ……あ、あ、あ…… |
クッションの中に隠れる千。湯婆婆が来てクッションを探る。 | |
湯婆婆 | ばぁ〜。 |
坊 | んんーー、ああー……ああーー…… |
湯婆婆 | もぅ坊はまたベッドで寝ないで〜。 |
坊 | あ…あああーーーん、ああーん…… |
湯婆婆 | あぁああごめんごめん、いい子でおねんねしてたのにねぇ。ばぁばはまだお仕事があるの。 |
(ブチュ) | |
いいこでおねんねしててねぇ〜。 | |
千 | ……あっ!…ぅう痛い離してっ!あっ、助けてくれてありがとう、私急いで行かなくちゃならないの、離してくれる? |
坊 | おまえ病気うつしにきたんだな。 |
千 | えっ? |
坊 | おんもにはわるいばいきんしかいないんだぞ。 |
千 | 私、人間よ。この世界じゃちょっと珍しいかもしれないけど。 |
坊 | おんもは体にわるいんだぞ。ここにいて坊とおあそびしろ。 |
千 | あなた病気なの? |
坊 | おんもにいくと病気になるからここにいるんだ。 |
千 | こんなとこにいた方が病気になるよ!……あのね、私のとても大切な人が大けがしてるの。だからすぐいかなきゃならないの。お願い、手を離して! |
坊 | いったらないちゃうぞ。坊がないたらすぐばぁばがきておまえなんかころしちゃうぞ。こんな手すぐおっちゃうぞ。 |
千 | うぅ痛い痛い!……ね、あとで戻ってきて遊んであげるから。 |
坊 | ダメ今あそぶの! |
千 | うぅっ……… |
坊 | ……あ? |
千 | 血!わかる?!血!! |
坊 | ……うわぁあーーああぁあぁあーーーー!!!! |
千 | あっ!ハクーーーー! |
何すんの、あっち行って!しっしっ!ハク、ハクね!?しっかりして! | |
静かにして!ハク!?……あっ! | |
湯バードにたかられる千。その隙に頭たちがハクを落とそうとする。 | |
千 | あっ、わっ……あっち行って! |
あっ!だめっ!! | |
部屋から坊が出てくる。 | |
坊 | んんっ……んんんっ…… |
血なんかへいきだぞ。あそばないとないちゃうぞ。 | |
千 | 待って、ね、いい子だから! |
坊 | 坊とあそばないとないちゃうぞ……ぅええ〜〜…… |
千 | お願い、待って! |
式神 | ……うるさいねぇ。静かにしておくれ。 |
坊 | ぇえ……? |
式神 | あんたはちょっと太り過ぎね。 |
床から銭婆が現われる。 | |
銭婆 | やっぱりちょっと透けるわねえ。 |
坊 | ばぁば……? |
銭婆 | やれやれ。お母さんとあたしの区別もつかないのかい。 |
魔法でねずみにされる坊。 | |
銭婆 | その方が少しは動きやすいだろ? |
さぁてと……おまえたちは何がいいかな? | |
湯バードはハエドリに、頭は坊にされる。 | |
千 | あっ…… |
銭婆 | ふふふふふふ、このことはナイショだよ。誰かに喋るとおまえの口が裂けるからね。 |
千 | あなたは誰? |
銭婆 | 湯婆婆の双子の姉さ。おまえさんのおかげでここを見物できて面白かったよ。さぁその竜を渡しな。 |
千 | ハクをどうするの?ひどいケガなの。 |
銭婆 | そいつは妹の手先のどろぼう竜だよ。私の所から大事なハンコを盗みだした。 |
千 | ハクがそんなことしっこない!優しい人だもん! |
銭婆 | 竜はみんな優しいよ…優しくて愚かだ。魔法の力を手に入れようとして妹の弟子になるなんてね。 |
この若者は欲深な妹のいいなりだ。さぁ、そこをどきな。どのみちこの竜はもう助からないよ。ハンコには守りの呪い(まじない)が掛けてあるからね、盗んだものは死ぬようにと…… | |
千 | ……いや!だめ! |
坊になった頭が坊ネズミとハエドリを虐めている。 | |
銭婆 | なんだろね、この連中は。これおやめ、部屋にお戻りな。 |
白竜 | グゥ…! |
隙をついて竜の尾が式神を引き裂く。 | |
銭婆 | !……あぁら油断したねぇ〜…… |
反動で落ちる竜と千、坊ネズミ、ハエドリ。 | |
千 | ハク、あ、きゃああーーーっ!! |
ハクーーーっ!! | |
落ちていく中で水の幻影が浮かぶ。 | |
力を振り絞って横穴に入る竜。換気扇を破ってボイラー室に出る。 | |
釜爺 | なっ……わあっ!! |
千 | ハク! |
釜爺 | なにごとじゃい!ああっ、待ちなさい! |
千 | ハクっ!苦しいの!? |
釜爺 | こりゃあ、いかん! |
千 | ハクしっかり!どうしよう、ハクが死んじゃう! |
釜爺 | 体の中で何かが命を食い荒らしとる。 |
千 | 体の中?! |
釜爺 | 強い魔法だ、わしにゃあどうにもならん…… |
千 | ハク、これ河の神様がくれたお団子。効くかもしれない、食べて! |
ハク、口を開けて!ハクお願い、食べて!……ほら、平気だよ。 | |
釜爺 | そりゃあ、苦団子か? |
千 | あけてぇっ…いい子だから……大丈夫。飲み込んで! |
白竜 | グォウッ、グオッ……! |
釜爺 | 出たっ、コイツだ! |
千 | あっ! |
ハンコ! | |
釜爺 | 逃げた!あっちあっち、あっち! |
千 | あっ、あっ!あぁあああっ、ああああっ! |
(ベチャッ!) | |
釜爺 | えーんがちょ、せい!えーんがちょ!! |
切った! | |
千 | おじさんこれ、湯婆婆のおねえさんのハンコなの! |
釜爺 | 銭婆の?…魔女の契約印か!そりゃあまた、えらいものを…… |
千 | ああっ、やっぱりハクだ!おじさん、ハクよ! |
釜爺 | おお……お…… |
千 | ハク!ハク、ハクーっ! |
おじさん、ハク息してない! | |
釜爺 | まだしとるがな。……魔法の傷は油断できんが。 |
釜爺 | ……これで少しは落ち着くといいんじゃが…… |
ハクはな、千と同じように突然ここにやってきてな。魔法使いになりたいと言いおった。 | |
ワシは反対したんだ、魔女の弟子なんぞろくな事がないってな。聞かないんだよ。もう帰るところはないと、とうとう湯婆婆の弟子になっちまった。 | |
そのうちどんどん顔色が悪くなるし、目つきばかりきつくなってな…… | |
千 | 釜爺さん、私これ、湯婆婆のおねえさんに返してくる。 |
返して、謝って、ハクを助けてくれるよう頼んでみる。お姉さんのいるところを教えて。 | |
釜爺 | 銭婆の所へか?あの魔女は怖えーぞ。 |
千 | お願い。ハクは私を助けてくれたの。 |
わたし、ハクを助けたい。 | |
釜爺 | うーん……行くにはなぁ、行けるだろうが、帰りがなぁ……。待ちなさい。 |
たしか……どこに入れたか…… | |
千 | みんな、私の靴と服、お願いね。 |
リン | 千!ずいぶんさがしたんだぞ! |
千 | リンさん。 |
リン | ハクじゃん。……なんかあったのかここ。なんだそいつら? |
千 | 新しい友達なの。ねっ。 |
リン | 湯婆婆がカンカンになっておまえのこと探してるぞ。 |
千 | えっ? |
リン | 気前がいいと思ってた客がカオナシって化けもんだったんだよ。湯婆婆は千が引き入れたって言うんだ。 |
千 | あっ……そうかもしれない。 |
リン | ええっ!ほんとかよ! |
千 | だって、お客さんだと思ったから。 |
リン | どうすんだよ、あいつもう三人も呑んじゃったんだぞ。 |
釜爺 | あったこれだ!千あったぞ! |
リン | じいさん今忙しいんだよ。 |
釜爺 | これが使える。 |
リン | 電車の切符じゃん、どこで手に入れたんだこんなの。 |
釜爺 | 四十年前の使い残りじゃ。いいか、電車で六つ目の沼の底という駅だ。 |
千 | 沼の底? |
釜爺 | とにかく六つ目だ。 |
千 | 六つ目ね。 |
釜爺 | 間違えるなよ。昔は戻りの電車があったんだが、近頃は行きっぱなしだ。 |
それでも行くか千? | |
千 | うん、帰りは線路を歩いてくるからいい。 |
リン | 湯婆婆はどうすんだよ? |
千 | これから行く。 |
ハク、きっと戻ってくるから、死んじゃだめだよ。 | |
リン | ……何がどうしたの? |
釜爺 | わからんか。愛だ、愛。 |
湯女 | きゃああぁーーっ!ま、ますます大きくなってるよ! |
湯女 | いやだ、あたい食われたくない! |
湯女 | 来たよ! |
父役 | 千か、よかった、湯婆婆様ではもう抑えられんのだ。 |
湯婆婆 | なにもそんなに暴れなくても、千は来ますよ。 |
カオナシ | 千はどこだ。千を出せ! |
父役 | さ、急げ。 |
湯婆婆様、千です。 | |
湯婆婆 | 遅い!……お客さま、千が来ましたよ。ほんのちょっとお待ち下さいね。 |
何をぐずぐずしてたんだい!このままじゃ大損だ、あいつをおだてて絞れるだけ金を絞りだせ……ん? | |
坊ネズミ | チュー。 |
湯婆婆 | なんだいその汚いネズミは。 |
千 | えっ、あのー、ご存じないんですか? |
湯婆婆 | 知る訳ないだろ。おーいやだ。さ、いきな!……ごゆっくり。 |
父役 | 千ひとりで大丈夫でしょうか。 |
湯婆婆 | おまえが代わるかい? |
父役 | エっ? |
湯婆婆 | フン! |