父 | 千尋。千尋、もうすぐだよ。 |
母 | やっぱり田舎ねー。買い物は隣町に行くしかなさそうね。 |
父 | 住んで都にするしかないさ。 |
ほら、あれが小学校だよ。千尋、新しい学校だよ。 | |
母 | 結構きれいな学校じゃない。 |
しぶしぶ起きあがってあかんべをする千尋。 | |
千尋 | 前の方がいいもん。 |
…あっ、あああ!!おかあさん、お花しおれてっちゃった! | |
母 | あなた、ずーっと握りしめてるんだもの。おうちについたら水切りすれば大丈夫よ。 |
千尋 | 初めてもらった花束が、お別れの花束なんて悲しい…… |
母 | あら。この前のお誕生日にバラの花をもらったじゃない? |
千尋 | 一本ね、一本じゃ花束って言えないわ。 |
母 | カードが落ちたわ。 |
窓開けるわよ。もうしゃんとしてちょうだい!今日は忙しいんだから。 | |
タイトル | |
父 | あれ?道を間違えたかな?おかしいな…… |
母 | あそこじゃない?ほら。 |
父 | ん? |
母 | あの隅の青い家でしょ? |
父 | あれだ。一本下の道を来ちゃったんだな。……このまま行っていけるのかな。 |
母 | やめてよ、そうやっていつも迷っちゃうんだから。 |
父 | ちょっとだけ、ねっ。 |
千尋 | あのうちみたいの何? |
母 | 石のほこら。神様のおうちよ |
父 | おとうさん、大丈夫? |
父 | まかせとけ、この車は四駆だぞ! |
千尋 | うぁっ― |
母 | 千尋、座ってなさい。 |
千尋 | あっ、うわっ……わっ、わっ!! |
ぅああああああっ! | |
母 | あなた、いいかげんにして! |
父 | 行き止まりだ! |
母 | なあに?この建物。 |
父 | 門みたいだね。 |
母 | あなた、もどりましょう、あなた。 |
千尋?…もぅ。 | |
父 | 何だ、モルタル製か。結構新しい建物だよ。 |
千尋 | ……風を吸込んでる…… |
母 | なぁに? |
父 | ちょっと行ってみない?むこうへ抜けられるんだ。 |
千尋 | ここいやだ。戻ろうおとうさん! |
父 | なーんだ。恐がりだな千尋は。ねっ、ちょっとだけ。 |
母 | 引越センターのトラックが来ちゃうわよ。 |
父 | 平気だよ、カギは渡してあるし、全部やってくれるんだろ? |
母 | そりゃそうだけど…… |
千尋 | いやだ、わたし行かないよ! |
戻ろうよ、おとうさん! | |
父 | おいで、平気だよ。 |
千尋 | わたし行かない!! |
うぅ……あぁっ! | |
母 | 千尋は車の中で待ってなさい。 |
千尋 | ぅぅ……おかあさーん! |
まってぇーっ! | |
父 | 足下気をつけな。 |
母 | 千尋、そんなにくっつかないで。歩きにくいわ。 |
千尋 | ここどこ? |
母 | あっ。ほら聞こえる。 |
千尋 | ……電車の音! |
母 | 案外 駅が近いのかもしれないね。 |
父 | いこう、すぐわかるさ。 |
千尋 | こんなとこに家がある…… |
父 | やっぱり間違いないな。テーマパークの残骸だよ、これ。 |
90年頃にあっちこっちでたくさん計画されてさ。バブルがはじけてみんな潰れちゃったんだ。これもその一つだよ、きっと。 | |
千尋 | えぇーっ、まだいくの!?おとうさん、もう帰ろうよぅ! |
ねぇーーーっ!! | |
千尋 | おかあさん、あの建物うなってるよ。 |
母 | 風鳴りでしょ。気持ちいいとこねー、車の中のサンドイッチ持ってくれば良かった。 |
父 | 川を作ろうとしたんだねー。 |
ん?なんか匂わない? | |
母 | え? |
父 | ほら、うまそうな匂いがする。 |
母 | あら、ほんとね。 |
父 | 案外まだやってるのかもしれないよ、ここ。 |
母 | 千尋、はやくしなさい。 |
千尋 | まーってー! |
父 | ふん、ふん……こっちだ。 |
母 | あきれた。これ全部 食べ物屋よ。 |
千尋 | 誰もいないねー。 |
父 | ん?あそこだ! |
おーい、おーい。 | |
はぁー。うん、わぁ。 | |
こっちこっち。 | |
母 | わぁー、すごいわねー。 |
父 | すみませーん、どなたかいませんかー? |
母 | 千尋もおいで、おいしそうよ。 |
父 | すいませーん!! |
母 | いいわよ、そのうち来たらお金払えばいいんだから。 |
父 | そうだな。そっちにいいやつが…… |
母 | これなんていう鳥かしら。……おいしい!千尋、すっごくおいしいよ! |
千尋 | いらない!ねぇ帰ろ、お店の人に怒られるよ。 |
父 | 大丈夫、お父さんがついてるんだから。カードも財布も持ってるし。 |
母 | 千尋も食べな。骨まで柔らかいよ。 |
父 | 辛子。 |
母 | ありがと。 |
千尋 | おかぁさん、おとぅさん!! |
諦めて歩き出す千尋。油屋の建物を見つける。 | |
千尋 | へんなの。 |
千尋 | 電車だ!……? |
ハク様 | ……!! |
ここへ来てははいけない!!すぐ戻れ! | |
千尋 | えっ? |
ハク様 | じきに夜になる!その前に早く戻れ! |
…もう明かりが入った、急いで!私が時間を稼ぐ、川の向こうへ走れ!! | |
千尋 | なによあいつ…… |
明かりが入ると同時に、たくさんの影が動き出す。 | |
千尋 | ………!!おとうさーん! |
おとうさん帰ろ、帰ろう、おとうさーん!! | |
座っていた豚が振り向く。 | |
千尋 | ひぃぃ……っ |
豚がたたかれて倒れる。 | |
豚 | ブギィィィ!! |
千尋 | ぅわぁあーっ! |
おとおさーん、おかあさーん!! | |
おかあさーん、ひっ! | |
ぎゃああーーっ!! | |
千尋 | ひゃっ!…水だ! |
うそ……夢だ、夢だ!さめろさめろ、さめろ! | |
さめてぇ……っ…… | |
これはゆめだ、ゆめだ。みんな消えろ、消えろ。きえろ。 | |
あっ……ぁあっ、透けてる!ぁ……夢だ、絶対夢だ! | |
船が接岸し、春日さまが出てくる。 | |
千尋 | ひっ……ひっ、ぎゃあああーーっ!! |
千尋を捜すハク。暗闇にいる千尋を見つけて肩を抱く。 | |
千尋 | っっっ!!! |
ハク様 | 怖がるな。私はそなたの味方だ。 |
千尋 | いやっ、やっ!やっっ!! |
ハク様 | 口を開けて、これを早く。この世界のものを食べないとそなたは消えてしまう。 |
千尋 | いやっ!!……っ!? |
ハク様 | 大丈夫、食べても豚にはならない。噛んで飲みなさい。 |
千尋 | ……ん……んぅ……んー……っ |
ハク様 | もう大丈夫。触ってごらん。 |
千尋 | さわれる…… |
ハク様 | ね?さ、おいで。 |
千尋 | おとうさんとおかあさんは?どこ?豚なんかになってないよね!? |
ハク様 | 今は無理だけど必ず会えるよ。……! |
静かに!! | |
ハクが千尋を壁に押しつけると、上空を湯バードが飛んでいく。 | |
ハク様 | そなたを捜しているのだ。時間がない、走ろう! |
千尋 | ぁっ……立てない、どうしよう!力が入んない…… |
ハク様 | 落ち着いて、深く息を吸ってごらん……そなたの内なる風と水の名において……解き放て…… |
立って! | |
千尋 | あっ、うわっ! |
走り出す二人。 | |
ハク様 | ……橋を渡る間、息をしてはいけないよ。 |
ちょっとでも吸ったり吐いたりすると、術が解けて店の者に気づかれてしまう。 | |
千尋 | こわい…… |
ハク様 | 心を鎮めて。 |
従業員 | いらっしゃいませ、お早いお着きで。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。 |
ハク様 | 所用からの戻りだ。 |
従業員 | へい、お戻りくださいませ。 |
ハク様 | 深く吸って…止めて。 |
カオナシが千尋を見送る。 | |
湯女 | いらっしゃい、お待ちしてましたよ。 |
ハク様 | しっかり、もう少し。 |
青蛙 | ハク様ぁー。何処へ行っておったー? |
千尋 | ……!ぶはぁっ |
青蛙 | ひっ、人か? |
ハク様 | ……!走れ! |
青蛙 | ……ん?え、え? |
青蛙に術をかけて逃げるハク。 | |
従業員 | ハク様、ハク様!ええい匂わぬか、人が入り込んだぞ!臭いぞ、臭いぞ! |
ハク様 | 勘づかれたな…… |
千尋 | ごめん、私 息しちゃった…… |
ハク様 | いや、千尋はよく頑張った。これからどうするか離すからよくお聞き。ここにいては必ず見つかる。 |
私が行って誤魔化すから、そのすきに千尋はここを抜け出して…… | |
千尋 | いや!行かないで、ここにいて、お願い! |
ハク様 | この世界で生き延びるためにはそうするしかないんだ。ご両親を助けるためにも。 |
千尋 | やっぱり豚になったの夢じゃないんだ…… |
ハク様 | じっとして…… |
騒ぎが収まったら、裏のくぐり戸から出られる。外の階段を一番下まで下りるんだ。そこにボイラー室の入口がある。火を焚くところだ。 | |
中に釜爺という人がいるから、釜爺に会うんだ。 | |
千尋 | 釜爺? |
ハク様 | その人にここで働きたいと頼むんだ。断られても、粘るんだよ。 |
ここでは仕事を持たない者は、湯婆婆に動物にされてしまう。 | |
千尋 | 湯婆婆…って? |
ハク様 | 会えばすぐに分かる。ここを支配している魔女だ。嫌だとか、帰りたいとか言わせるように仕向けてくるけど、働きたいとだけ言うんだ。辛くても、耐えて機会を待つんだよ。そうすれば、湯婆婆には手は出せない。 |
千尋 | うん…… |
従業員 | ハク様ぁー、ハク様ー、どちらにおいでですかー? |
ハク様 | いかなきゃ。忘れないで、私は千尋の味方だからね。 |
千尋 | どうして私の名を知ってるの? |
ハク様 | そなたの小さいときから知っている。私の名は――ハクだ。 |
ハク様 | ハクはここにいるぞ。 |
従業員 | ハク様、湯婆婆さまが…… |
ハク様 | 分かっている。そのことで外へ出ていた。 |
階段へ向う千尋。恐る恐る踏み出し、一段滑り落ちる。 | |
千尋 | ぃやっ! |
はっ、はぁっ…… | |
もう一段踏み出すと階段が壊れ、はずみで走り出す。 | |
千尋 | わ…っいやああああーーーーっ!やあぁああああああー!! |
なんとか下まで降り、そろそろとボイラー室へむかう。 | |
ボイラー室で釜爺をみて後ずさりし、熱い釜に触ってしまう。 | |
千尋 | あつっ…! |
カンカンカンカン(ハンマーの音) | |
千尋 | あの……。すみません。 |
あ、あのー……あの、釜爺さんですか? | |
釜爺 | ん?……ん、んんーー?? |
千尋 | ……あの、ハクという人に言われてきました。ここで働かせてください! |
リンリン(呼び鈴の音) | |
釜爺 | ええい、こんなに一度に…… |
チビども、仕事だー! | |
カンカンカンカンカンカン | |
釜爺 | わしゃあ、釜爺だ。風呂釜にこき使われとるじじいだ。 |
チビども、はやくせんか! | |
千尋 | あの、ここで働かせてください! |
釜爺 | ええい、手は足りとる。そこら中ススだらけだからな。いくらでも代わりはおるわい。 |
千尋 | あっ、ごめんなさい。 |
あっ、ちょっと待って。 | |
釜爺 | じゃまじゃま! |
千尋 | ……あっ。 |
重さで潰れたススワタリの石炭を持ち上げる千尋。ススワタリは逃げ帰ってゆく。 | |
千尋 | あっ、どうするのこれ? |
ここにおいといていいの? | |
釜爺 | 手ぇ出すならしまいまでやれ! |
千尋 | えっ?…… |
石炭を釜に運ぶと、ススワタリみんなが潰れた真似をしだす。 | |
カンカンカンカン | |
釜爺 | こらあー、チビどもー!ただのススにもどりてぇのか!? |
あんたも気まぐれに手ぇ出して、人の仕事を取っちゃならね。働かなきゃな、こいつらの魔法は消えちまうんだ。 | |
ここにあんたの仕事はねぇ、他を当たってくれ。 | |
……なんだおまえたち、文句があるのか?仕事しろ仕事!! | |
リン | メシだよー。なぁんだまたケンカしてんのー? |
よしなさいよもうー。うつわは?ちゃんと出しといてって言ってるのに。 | |
釜爺 | おお……メシだー、休憩ー! |
リン | うわ!? |
人間がいちゃ!…やばいよ、さっき上で大騒ぎしてたんだよ!? | |
釜爺 | わしの……孫だ。 |
リン | まごォ?! |
釜爺 | 働きたいと言うんだが、ここは手が足りとる。おめぇ、湯婆婆ンとこへ連れてってくれねえか?後は自分でやるだろ。 |
リン | やなこった!あたいが殺されちまうよ! |
釜爺 | これでどうだ?イモリの黒焼き。上物だぞ。 |
どのみち働くには湯婆婆と契約せにゃならん。自分で行って、運を試しな。 | |
リン | ……チェッ!そこの子、ついて来な! |
千尋 | あっ。 |
リン | …あんたネェ、はいとかお世話になりますとか言えないの!? |
千尋 | あっ、はいっ。 |
リン | どんくさいね。はやくおいで。 |
靴なんか持ってどうすんのさ、靴下も! | |
千尋 | はいっ。 |
リン | あんた。釜爺にお礼言ったの?世話になったんだろ? |
千尋 | あっ、うっ!……ありがとうございました。 |
釜爺 | グッドラック! |
リン | 湯婆婆は建物のてっぺんのその奥にいるんだ。 |
早くしろよォ。 | |
千尋 | あっ。 |
リン | 鼻がなくなるよ。 |
千尋 | っ… |
リン | もう一回乗り継ぐからね。 |
千尋 | はい。 |
リン | いくよ。 |
……い、いらっしゃいませ。 | |
お客さま、このエレベーターは上へは参りません。他をお探し下さい。 | |
千尋 | ついてくるよ。 |
リン | きょろきょろすんじゃないよ。 |
蛙男 | 到着でございます。 |
右手のお座敷でございます。 | |
?……リン。 | |
リン | はーい。(ドン!) |
千尋 | ぅわっ! |
蛙男 | なんか匂わぬか?人間だ、おまえ人間くさいぞ。 |
リン | そーですかぁー?? |
蛙男 | 匂う匂う、うまそうな匂いだ。おまえなんか隠しておるな?正直に申せ! |
リン | この匂いでしょ。 |
蛙男 | 黒焼き!……くれぇーっ! |
リン | やなこった。お姉さま方に頼まれてんだよ。 |
蛙男 | 頼む、ちょっとだけ、せめて足一本! |
リン | 上へ行くお客さまー。レバーをお引き下さーい。 |
『二天』につくが、『天』まで千尋を連れて行くおしらさま。 |
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