「…本当に……本物の……陰陽師……?」
「……そうだ」
「あの安倍晴明のお弟子さんで…京という異世界から来て…?」
「……そうだ」
「が……そこを救った龍神の神子様…?」
「……そうだ。悪しき気を祓い、四神を鬼から取り戻し、世界を救った。私は八葉として神子に仕えた者だ」
「………っ…大変…何てことでしょ!?」
両手で頬を押さえて、母親は立ち上がった。
神子が少し青ざめてつられる様に立つ。
「お、お母さんっっ!ほんとなの!本当なんだから!!」
「何を言っているの!?あなたが早く言わないからよ!知っていれば……知っていればちゃんとした和菓子を買って来たのに!」
「……………は?」
彼女は何を言われたのか分からない風で、ぽかんと口を開けて慌てる母親を見ていた。
「あぁ、お茶も!紅茶じゃなくて緑茶か抹茶が良かったんじゃないかしら!?ごめんなさいね、少しでも馴染みのある物の方がいいわよねぇ…大変だったでしょう?」
「………信じるのか?」
固唾を飲んで見守る神子と私に、母親は小首を傾げて言う。
「え?嘘なの?」
「う、うううんっっ!嘘じゃない、けどっ!!」
「…余りにもあっさりと肯定されたので、拍子抜けしているのだ」
「そう!…もしかしてひょっとしてお母さんなら信じてくれるかもとは思ったけど…まさか…」
「信じるも信じないも、本当なんでしょう?」
言葉に詰まった彼女とは対照的に、母親はあっけらかんと言い放つ。
「だって、すごく本物っぽいじゃない。服も、仕草も、話し方も。…それと、朝と雰囲気が違うもの。どこがどうって訳じゃないけど…その雰囲気が安倍さんと同じ…さてはが連れてきちゃったんでしょ?」
「な、な、何言ってるのよお母さん!」
「だって〜分かっちゃうもの〜」
「……御母堂、神子のせいではない。私が付いて来たのだ…私の命は神子の為だけにあるのだから」
「まあああぁぁ、素敵!…、あんたを生んで良かった…こんなファンタジーでメルヘンでロマンチックな事を体験できるなんて……夢みたい」
うっとりと少女のように目を閉じて、母親は悦に入っている。
多分、今は何を言っても聞こえませんから、と神子が言うので、出された菓子を食べながら母親が正気に戻るのを待つ事にした。
神子に手本を示してもらいながら、しほんけぃきを小槍(ふぉーく、だそうだ。今は自由自在だ。)に刺して淡雪のような物を付け、口に運ぶ。
「………美味い」
「良かったです。…あ、クリーム付いてますよ、ほら」
「……い、いい、自分で拭く……これはくりぃむというのか。美味いな」
「お母さーん、おいしいって」
彼女が少し大きな声でそう言うと、母親がはっと我に返って、真面に自分を見つめた。
射る様な真剣な眼差し。
「………あの…気に障ったらごめんなさい、写真取ってもいいかしら?」
「しゃしんとって…とは何だ?」
「あ、正確に姿を紙に写し取る道具があって……一瞬パッと光る間じっとしててくれればいいの。写してもいい?」
「お……お母さん、まさか……」
「…何だか良く分からないが…動かなければいいだけなら造作もない」
「いいの!?十秒待ってて!」
飛ぶように出ていった母親を制止しきれなかった神子の手が、そのまま額に当てられた。
「お待たせ!!」
言うなり小さな箱を目に当て、こちらに向ける。
本当に一瞬だけ、白い光がまばゆく発せられた。
「…………………いい……最高だわ…」
「お母さん!」
「?」
「安倍泰明さん、貴方にぴったりの仕事があるの!私の本に出てくれないかしら!?」
「……仕事?本?」
「ダメ!だって…泰明さん、こっちの世界に来たばかりなのにモデルなんて…」
「どうして?ちょうど良いじゃない。撮影中もずっとマネジャーが付いてるし、会社のマンションに入れてあげて送り迎え付き、お金も稼げるし、素性は明かさなくていいし」
「だって…だって……」
「神子…説明してくれないと理解出来ない」
口を挟むと、神子は気が付いたように色彩豊かな本を持ってきて説明を始める。
けれど、口調が少しだけ重い。
「なるほど……こんな風に色々な格好をしてその姿を本に写すと、本や着ている服が売れ金子が入るのか」
「はい…住む所も保証されるし、異世界から来た事を明かさなくていいように人も付けてくれるそうです…でも…」
「……何か心配事があるのか?しゃしん、なら先刻御母堂にとられたがどうという事もなかった」
「いえ…あの……」
言い淀んで目を伏せる神子。
話し出す気配が無いので、膝で握られた小さな手を取って口づけた。
「……神子が嫌なら、御母堂には済まぬが断る。…だからそんな顔をするな」
「い、いやなんかじゃ…ないんですけど……その…」
「すごくたくさんの人が安倍さんの事を本で見るから、貴方に恋をする女の子も出てくるわ。はそれが怖いのよねー」
「お、お母さんっ!!」
「……神子、そんな事で浮かぬ顔をしていたのか?」
「そんな事って…だって!」
耳まで真っ赤にして頬をふくらませる彼女。
「有り得ない事を嘆いても仕方なかろう。私は神子と共にしか生きぬ」
「…や、泰明さ…」
「愛されてるわね〜……でも本当にちょうどいい仕事だと思わない?には学校があるし、ずっと一緒に居られないでしょう?こっちの世界にいる限り仕事はしないと生活できないし、高校卒業するまでに安倍さん……泰明くんって呼んでもいいわよね、息子になるかも知れないんだし…泰明くんが本当にだけを見ていてくれたら、ね?」
「………う……」
反論できなくなった神子は諦めた様に溜息を吐いて、頷いた。
これがこの世界に来てからの顛末だ。
仕事は大して苦もないが色んな所に顔が出ているせいか、最近迎えの車に乗っているとやたら女が騒ぐのが少々難だ。
まぁ、それも京にいた頃とさして大差無いと言えよう。
概ね問題ないのだもう少し神子と共にある時間が欲しいだけで。
人には欲があるとよくお師匠が言っていたが、どうやら本当らしい。
今宵の月はどうもお前の事を思わせる。
そちらも月夜でお前が笛でも吹いているのかも知れない。
お前の所に届くかどうかは解らないが、人の事ばかり心配しているお前に出来る限りの事をしてやろう。
運が良ければ夢にでも見るかも知れない。
離れてはいるが、お前の事はもう心配していない。
あの戦いでお前の気は天を向いたから。
永泉、元気で暮らせ。
FIN. |