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  月夜のうさぎ 1 

月が出ている。
墨色のたなびく雲を纏った華奢な月。

地上からの灯りで夜の闇が薄いが、ともかく付近の建物より空に近いこの場所。
正装し、心を静めて、固い床に陣を描き、印を結ぶ。
呪いの言葉に陰陽師としての自分が蘇ってくる。

願いを込めて届けるのは記憶。

 

◇     ◇     ◇

 

この世界に来て月暦を三度めくった。(かれんだーというらしい)
始めは、どこに住まうかどうやって生活をするかなど、京では考えもしなかった沢山の問題があり、こちらの知識がないせいもあってそれらを解決するのはとても困難に思えた。
全てが何とかなったのは神子がいてくれたから。
元々、人ならざる身の自分が少女と共に生きられるのですら彼女のお陰なのだから。


神泉苑から神子と共に彼女の生まれた世界に来ると、すぐ目の前に大きな建物があった。
『学校』という処で、神子の歳の男女は皆ここへ来て色々な事を学ぶのだとか。
取りあえず自分の家に、という彼女に付いて『学校』を出て。
あとこちに溢れる見たことも無い物に目を奪われながら歩いている内に、いつしか神子が立ち止まっていた。

「泰明さん、ここが私の家なんです。…あの、狭くて恥ずかしいんですけど、どうぞ」
「しかし……大丈夫なのか?」
「え?」
「私の様な異質の者が急に訪ねては、神子が困るだろう」
「…えーと…大丈夫……だと思います」

少し考えるように下を向いて、しかしすぐに少女は笑顔でそう言い、扉の所で私を待ち中に入った。

「まあぁ、いらっしゃいませ
「…邪魔をする」

応対に出た女人は、神子にとてもよく似ている。姉だろうか?
客好きなのか、私を見ても驚くどころかふわりと笑顔を浮かべて、屋内なのに何故か履き物を並べた。(後に聞くところによるとそれはすりっぱという物で、板間を素足で歩くと冷えるから履くのだそうだ)
通された室内は見たことも無い物が沢山ある。
茶を用意するから、と女人と共に出ていった神子が戻るのを待ちきれず、一番興味を引いた黒い箱に向かった。
中に小人がいて、喋ったり笑ったりしている…式神だろうか?挨拶するので、誰だと問うたが返事はしない。
室内なのに木があったが、生きている気は無く立っていた。葉は青々しているのに、枯れているのだろうか?
精巧に出来た動物の置物もたくさんある。どれも柔らかく、軽い。
小さいが庭がある。草花達にこの世界の事を聞いてみようとそちらに足を向けた。

ごん!

「っ!?」

いっそ小気味良い程の音を立てて、室内と庭を隔てる何かに額をぶつけた。
しかも間の悪い事に、後ろから神子の慌てた声が降ってくる。

「やっっ、泰明さんっ!大丈夫ですか!?」
「…も、問題ない……何だこれは…?」

透き通った色のない、壁。
水面の様に自分や景色が映っている。

「それは…んーと、向こうが見えるように透明にした硝子というもので作った窓です。これなら雨の日でも雪が降っていても外が見えますから。」
「………がらす?見た目は水晶に似ている…」
「えぇ、人工的に作った水晶みたいなものです。」
「なるほど……美しいな」
「お口に合うか分かりませんけど、お茶をどうぞ…えっと…」

後から入ってきた女人が盆を置いてこちらを見上げた。
神子が慌てた様に居住まいを正す。

「あ…え、と…こちら安倍泰明さん。泰明さん、母です。」
「ようこそいらっしゃいました…安倍さんはお菓子、お好きかしら?シフォンケーキを作ったのですけれど。」

にこにこ笑いながら女人が皿を並べる。

「…姉上かと思っていた…若いな。…突然訪ねて済まぬ、御母堂。」
「ま…まあぁぁケーキを切りましょうねっ、安倍さんに大きく、ね
「お、お母さん…四分の一は大きすぎるよ…」
「あら、だって男の方ですもの、お食べになるかと思って…お掛けになって下さいな」
「泰明さん、これに座って下さい。」

部屋の中央に置かれていた大きな物はどうやら腰を掛けるものらしい。(そふぁというのだ。慣れるとなかなか良い。)
神子が座ったのを見て、同じ様に腰を下ろした。

「……っっ!?し、沈むっ…」
「や、泰明さん!?」

思いがけず柔らかい座面に真っ直ぐ座ることが出来ない。
神子が手を引いて助け起こしてくれた。

「胡座でお座りになればきっと安定しますわ。」
「そうか……なるほど……こちらの世界の物は面白いな。」
「…こちらの世界?」
「あ………あのね、お母さん!その事なんだけど…実は


神子の世界では、異世界というものが信じられてないのを聞いていた。
京でも、陰陽や理に関わった事のない人々は半信半疑であろう。
事実、神子が京に来た時も始めは信じようとせず、後々までそれは驚いていたのだ。

それなのに彼女は、私がどこから来て何をしていたかなど、細かく母親に打ち明けている。
やはり、自分はここへ来ない方が良かったのではないか…?
ここに私がいるから、言わなければならない状況になっているのではないか?
懸命に話す神子と母親を交互に見て、何とも言えない不安がよぎった。
母親は何も言わず、元々大きな瞳を見開いて聴き入っている。

やがて全て話し終わった神子が、大きく息を吐いて母親の言葉を待った。
ゆっくりと母親の瞳がこちらに向けられる。

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