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  君が眠るまで 2 

彼に連れてきてもらったその庵は、夏の始めには鈴虫の声に溢れて賑やかささえ感じた。
けれど今は一面の銀世界。
辺りに人家もなく静まり返ったそこに、ろうそくと囲炉裏に炭が燃える僅かな灯り。
ここから歩いて一時間程で彼のいる寺がある、そう思うだけで心臓が痛くなる。
逢えなくなって、まだたった一ヶ月。
こんなに遅い時の流れは経験したことが無く、ここから折り返して同じだけの時間を耐えなければいけないと思うと、胸が潰れそうになる。

彼が来ない事は分かっているのだ。
重要な内密の仕事だと言われていたのに、どうしてあんな事を文に書いてしまったのだろう。
負担に思われたくなくて出来るだけ軽く書いたとはいえ、きっと呆れているに違いない。
仕事中に邪魔をして、怒っているかもしれない。
そんな事ばかり頭に浮かんでは消え、ここに来てどの位の時間が過ぎたのかも分からなかった。

「待ってるって約束したのに、こんな所まで来て……わたしって馬鹿だ…」

膝を抱いてそう呟いた時だった。
しんと静まり返った屋外から雪を踏みしめる微かな音が響いた。
小さないななきが聞こえ、一瞬後に規則正しい音が近づいて来る。
反射的に障子を開け、闇に目を凝らした。

「………まさか…か…?」
「友雅さんっっ!!」

闇の中から聞こえた声に、彼女は我を忘れ雪に飛び降りた。
途端に、雷の様な激しい声が彼女に浴びせられる。

「こんな所で何をやってるんだ!!」

駆け出した足が凍り付いたように止まる。
それにも構わず、顔が見える距離で立ち止まった彼の口から大きな声が響き渡った。

「まさかと思って来てみればっっ……夜盗でも出たらどうするつもりだったんだ!?供も付けずこんな寂しい所に、一人で!!」

余りの憤りに、彼女は為す術なく身体を縮め、立ちすくんだ。
それでも何とか謝らなければ、と震える声で口を開く。

「……ごめ…んなさ………近くにっ…居たかった…の…」

そのちいさな声が、ふと空気の緊張を解き、続けて泣き声が響く。

「…ごめんなさい……っっ…逢いたかった…の………ごめんな…さ…っっ…」

手に顔を伏して泣く彼女に、友雅が近寄る。
側に来る気配に彼女はぎゅっと首を竦め、目を固く瞑った。

…………無事で、良かった……」

しっかりと胸に抱き込まれ、初めて聞く余裕のない友雅の声に、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれる。

「こんな…酷い事を言うつもりじゃなかったんだ。けれどここに灯りが点いているのを見て…もし君が居て襲われた後だったらと考えてしまったものだから……もしも、君がいなくなったら私は…私は……」

存在を確かめるように込められる力に、息苦しさと申し訳無さと、同時に訪れる幸せ。
とても言葉には出来なくて、彼の服を握り込んで泣くしかなかった。
とても逢いたかった、と。
すごく淋しかった、と。
伝えられない言葉は、彼の香の中で後から後から涙になって溢れた。

 

しばらく後、友雅が驚いたように彼女を抱え上げる。

「裸足じゃないか!…こんな薄着で…まったく君って娘はなんて無茶をするんだ。」

急いで家に入り彼女を抱いたまま囲炉裏を見下ろして溜息を吐いた。

「薪もくべずに…炭なんか燃やしてもここではちっとも暖かくならないだろう?いつからここにこうしていたんだ?風邪を引くじゃないか。」

ぶつぶつ言いながら土間に積み上げられた薪の前で彼女を抱いたまま立ち止まる。

、すまないがそれを取ってくれないか?」
「……はい…あの友雅さん、降ろしてくれていいですから……」

そう言った彼女に、友雅が拗ねたように首を振った。

「…嫌だ。せっかくこうして、やっと逢えたのに。私は君がいないと眠れないと言っただろう?一ヶ月ろくに寝てない私に、それでも君は離れろと?」
「あの、でも、火を起こすなら甘酒があるので暖めて差し上げたいし、お正月だからお餅も持ってきてあるので…その…」
「私に抱かれたままでも出来るだろう?」

有無を言わせないその一言に、彼女が諦めたように薪を抱えると友雅が幸せそうに笑って、囲炉裏端に引き返した。
彼女がやりにくそうに鉄瓶に甘酒を入れ、竹串に餅を差している間、彼はくすくす笑いながらそれを眺めていた。

「何を笑ってるんですかっ、手際が悪いとか言ったら承知しませんよ。友雅さんが離してくれないからなんですからね!」
「いや、そうではなくて…ね。君の育った世界では、三日夜の餅という儀式は無いのかい?」
「みかよのもち…ですか?」

不思議そうに首を傾げる彼女に、教えてあげようか、と優しい微笑みを浮かべる友雅。

「けれど、これは教えられたらその人の北の方にならなければいけない習わしでねぇ…」
「北の方って?」
「それも今は教えられない。」
「そんなの、ずるいです!」
「じゃあ、やめておけばいいよ。」

素っ気なくそう言われて、彼女は悔しそうに頬を膨らませた。

「北の方になるって、イヤな事ですか?」
「さあ、どうかねぇ…人によるんじゃないかな?一般的には楽しい事だと思うけれどね。」
「友雅さんは?北の方になりたいですか?」

その質問に、彼が呆気に取られてやがてくっくっと笑い出した。

「また笑ってる!だって、しょうがないでしょうっ!」

睨む彼女に、何とか笑いを治めた友雅がよしよしと髪を撫でる。

「そ、そうだね。…私は北の方にはなれないよ。ただ、君が私の北の方になってくれたら嬉しいけれど。」
「…ふーん……じゃあわたし、友雅さんの北の方になってあげてもいいですよ…だからみかよのもちって何か教えて下さい。」

真っ直ぐ自分を見上げる無邪気な瞳に、一瞬言葉に詰まった友雅が溜息を吐いて微笑んだ。

「……いや、やはりやめておくよ。知らないのをいい事に約束させても仕方ないしね。…私もヤキが回ったねぇ……」

ずるい、ずるいと騒ぐ彼女を何とかなだめ、友雅が彼女の耳元で囁く。

「私が、に北の方になって欲しいと思っている事だけ憶えておいてくれればそれでいいよ…」

そう言って頬に口づけて、彼女を抱いたままあっと言う間に眠りに落ちていった。

 

元旦の朝遅く屋敷に戻った彼女は、心配していた藤姫に叱られながらも緩んでくる頬を抑えられず辟易していた。

「私、本当に心配しましたのよ!市から戻るなり日の出を見るって早々にお休みになって夜明け前に起こしに行ったら、書き置き一つ残して居ないんですもの!供も付けずに暗い内から出歩くなんて危険すぎますわ!聞いているんですのっ、神子様!」
「はい、ごめんなさいっ……ふふ…」

堪えてもこみ上げてくる笑いに、呆れたように藤姫が大きな溜息を吐いた。

「もう!私怒っていますのに…何かそんなに良い事があったんですか?」
「うん、ちょっとね…おかしくて……」
「まぁ、何ですの?」
「何でもないんだけど……わたし、源氏物語を読んでて良かった
「?」
「いいの。何でもない!藤姫、反省してるから…朝御飯、ね?」

FIN.

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