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  君が眠るまで 1 

「え………?」

彼が言い難そうにそれを告げた途端、少女の表情が固まった。
そんな顔をさせたくはないが、二ヶ月間もの長期任務の指揮を任された身とあっては言わずにいる訳にもいかない。

「勿論私だって行きたくはないよ。しかし帝から直々に言われてしまっては断れなくてね…そんなに遠くに行く訳ではないが、内密の任務なので終わるまでは帰れないのだよ。……怒ってしまったかい?」

友雅が申し訳無さそうに少女の髪を優しく梳くと、彼の膝に身を預けたままの少女がゆっくりと俯いた。

「……そんな…お仕事だから仕方ないです…あの、これからは寒さも厳しくなるので暖かくして行ってくださいね。ご無事のお帰りをお待ちしています。」
「有り難う。…君と一緒に新しい年を迎えたかったけれど…一日も早く逢えるように頑張るから、誰とも雪見などしないで私の為に取っておいてくれるかい?」

精一杯強がっている少女に、楽しい事を考えさせたくてそう告げて笑ってみせる。
けれど、いくら先の予定を立ててみた所で、二ヶ月もの長い間逢えないのは変わらない。
天下の帝に対しても出来得る限りの抵抗はしてみた友雅だったが、『左近衛府少将としてではなくお前を信頼しているから他に代わりはいない』と退けられればもうどうしようも無かった。

「友雅さん…あの…そのお仕事は危険なものではないのですか?」

ふと顔を上げた彼女の瞳が、不安げに揺れる。
不満は一言も漏らさずこちらの身を案じる少女が愛おしくて、離したくなくて。
どうにもならないのなら、せめて今だけでも元気でいて欲しいと思った。
堪えに堪え、自分が退出すると同時に彼女は泣くのだろうから。

「私は大丈夫だよ。詳しくは言えないけれど指揮を取る役目だからね。……それよりも私がいない間に、姫が誰かに奪われはしないかと心配で…毎日ろくに眠れないと思うよ。…ということは……」
「………いうことは?」
「…帰って来た折には君も長の物忌に入らなければならないだろうね…私の睡眠不足を解消する為にね
「友雅さんっ、わたし抱き枕じゃありませんっ!」
「しかし、独り寝などしばらくなかったし、君がいないと腕が軽すぎて眠れる自信が無くてねぇ…」

真顔で言われる言葉に、顔を赤くして頬を膨らませた少女が枕を投げつけて睨む。

「もう、友雅さん!!しょうがないじゃないですか、無意識なんですからっ!大体痺れる前に押しのけてくれればいいのに!」
「あんなに安らかに眠られればとても手離せるものじゃないよ。たとえ腕が失くなろうと嫌だね。」
「……わたし、子供じゃありませんから一人でも大丈夫です。お帰りになるまでに変なクセも絶対直してみせるんだから!」
「それは残念。あの姿もとても可愛らしくて、気に入っていたんだけれど。」

彼がくすくす笑いながら、そっぽを向いたその頬に口唇を寄せると、少女は勝ち誇ったように言った。

「ええ、残念ながらもう見れませんから。友雅さんも、何も抱いてなくても眠れるように二ヶ月でせいぜい練習してきてくださいね!」

 

◇     ◇     ◇

 

「あの……神子様?…神子様?」
「………………。」

何度呼びかけても庭を見つめたまま動かない後ろ姿に、藤姫が溜息を吐いた。
もう一ヶ月もこんな調子で、食も進まず外へもあまり出なくなってしまった彼女。
原因は分かっているのだが藤姫にはどうすることも出来ずに困り果てていた。

「……もうすぐ帰ってきますわよ、神子様。」
「……え?」

やっとこちらを向いた彼女に優しく笑って、藤姫が膳を差し出した。

「友雅殿の事を考えていらっしゃるのでしょう?帰ってきた時にやつれてしまっていては心配なさいますよ。」
「…うん……分かってるんだけど…ごめんね、藤姫。食べたくないの…」

すっかり雪に覆われた庭に再び目を遣って、銀の鈴が付いた髪留めを大切そうに撫でる。
夏祭りで彼が選んで買ってくれたそれを、毎日磨いて無事を祈って。
そんな彼女の様子に、意を決したように藤姫が口を開いた。

「………神子様、文を書いて下さいませ。」
「……文?誰に?」
「勿論、友雅殿にです。」

そう言い切った藤姫に、彼女がびっくりしたように髪留めを取り落とした。

「え?でも…内密のお仕事だって言っていたから…迷惑だろうし…」
「このままでは神子様の方が参ってしまいます。永泉様が居場所を知っている口振りでしたし、頼久に届けて貰ってお返事を頂いてきたら?」

尻込みする彼女を藤姫が強く、真っ直ぐ見つめる。
ためらうように爪を噛み、考え込んだ彼女は、やがて迷いを振り切って藤姫の手を握った。

「……書く。」
「そうですか!それではまずお食事なさって力をつけてからですわね。」
「うん!」
「では私は下がって永泉様に使いを出しますので、書けたら呼んで下さいませ。」
「うん、ありがとう藤姫。わたし頑張る!」
「それでこそ神子様ですわ!…では後ほど





「止まれ!こんな夜半に何用だ!」

鄙びた寺に不釣り合いな大男が門を閉ざして大声を出した。

「……お静かに。御酒を差し入れに参りました。お寒い中お務めご苦労様です。」
「誰の指図か?お主の名は?」
「…御内密の任務を指示された御方からです。私も寺に御神酒を寄進に来た名も無き者という事になっております。目立たぬ様に門の内にてお待ち致しますゆえ、少将様に文のお取り次ぎを…」

それを聞いた男は急に及び腰になり、敬礼をしたまま目を彷徨わせる。

「…は、はっ…しかし主上からの文を私などが触れても良いものか……」
「これは御神酒を寄進した者からの文で公の物ではありません。お取り次ぎを。」
「わ、分かった。内にて待てっ…」

文を恭しく受け取った大男はバタバタと寺の中に駆け込んで行った。
やがて玉砂利を踏みしめて、先程の大男と共に友雅が庭に現れた。

「………あの方は息災か?」
「…はい、しかし色々と御心配事がありますようで。」
「そうか…私も吉報を持って早くお目に掛かりたいが、今が正念場なのだ……文をお返ししたいが里心がつくのでお伝え下さるか?今は意に添えず、申し訳ございません、と。…済まないが君も度々顔を出して、姫と一緒にあの方をよくお慰めしてくれ。」

宮廷随一の風流人である友雅の顔に、夜目にもはっきり分かる影。
白一色の庭に鮮やかな色を添えていた南天の枝を折り扇に乗せて手渡され、頼久が頷く。
こんなに疲れた様子の彼を見たのは初めてで、掛ける言葉も無い。
その様子に気付いた友雅が、髪を掻き上げて自嘲的に笑った。

「……よく眠れなくてね。任務は上手くいっているのだけれど、時間が経つにつれて…どうもねぇ。自分がこんなに脆いとは知らなかったよ。」
「……お察し致します。お身体、御自愛下さい。」
「有り難う。君も御苦労だった。あの方には、元気だから心配無いと伝えてくれるね?」
「承知致しました。ではこれで…」

その夜遅く屋敷に戻った頼久は、言われていた通りすぐに神子に面会し言葉を伝えた。
南天の枝を胸に抱き、頼久の淡々とした報告を聞いて。
やがてふっと淋しそうな笑みを浮かべた。

「………そうですか。」
「……私が見た限りではお元気そうで。お仕事も予定通り上手くいっていると仰っておられました。」
「…そう…怪我などはしてないんですね?」
「はい。」
「…分かりました。寒いのに私のために遠くまで行って頂いてごめんなさい…ありがとうございました。」
「いえ、御用の際は何なりとお申し付け下さい。それではこれで失礼いたします。」

その夜、彼女の部屋から灯りが消えることは無かった。



翌朝、藤姫が心配顔で神子の部屋に入って来ると、口を尖らせて抗議した。

「頼久が戻ったらお呼び下さいって申しましたのに、神子様ったら…」
「ごめんごめん、だって遅かったから。朝になったら分かることだしね。」

明るい笑顔の神子に安心した様に、藤姫が表情を和らげる。

「それで、友雅殿からお返事は頂けましたの?」
「うん。扇に南天の枝を添えて下さったの。元気そうだったって頼久さんが言ってたし、一安心だよ!」
「それは良うございました
「今日は久しぶりに町に出たいなぁ…朝ご飯食べたら行ってくるね!」
「まぁ…神子様がお元気になられて本当に良かったですわ。頼久に供を頼みましょうか?」
「ううん、一人で大丈夫!近くの市に行ってみるだけだから、頼久さんには今日一日お休みあげてくれる?」
「分かりましたわ。今日は大晦日ですし、賑わっておりますわよ、きっと。すぐ朝御膳をご用意致しますわね。」

藤姫が衣擦れの音をさせて部屋を出ると、神子の表情が一変した。
厳しい顔で考え込み、やがて決心したように口唇を噛み髪留めを握りしめた。

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