「おっかえりなさーい!」
二階の窓から帰宅を見たらしい少女が、弾んだ声で階段を降りてくる。
それはさして荒っぽい動作でもなかったが、ヴィクトールはあわてて彼女の傍へ駆け寄り、その体を抱き上げた。
「こら! 走ったりするんじゃない、もしものことがあったらどうするんだ。
それに、二階には行くなと言っただろう。自分の身体のことを考えろ」
「だって〜……お部屋のおそうじしてたんだもん」
「掃除なんてしなくていい。言いつけが守れないのか?」
「だって、退屈なんだもん」
ぷっと頬をふくらませて言う少女の額を、ヴィクトールは軽く小突いた。
「まったくおまえは……少しは落ちついてくれないか。
子供が産まれる時になってもそんなままだったら、俺は心配でおちおちしておれんだろう。わからんか?」
諭す言葉にしばし考えて、はこくんとうなずいた。
「……はぁい。もうしません、ヴィクトールさま」
少し不本意そうにしながらもおとなしく聞き分ける彼女にようやく微笑んで、その頭を撫でる。
「よしよし、いい子だ。……ただいま、」
「おかえりなさいっっ!」
きゅー、と抱きつく少女のキスを受けてから、ヴィクトールははっと我に返って振り向いた。
そこには、何とも身の置き場のない表情をした部下が立っていた。(笑)
彼が妻を溺愛しているのは十分すぎるほど知っているキールだったが、それにしてもこれは他人が見るようなものではない。
しまった、と思ったのはどちらか、もしくは双方か。
交わす言葉も見つからないまま黙る二人に、は不思議そうに首を傾げた。
「ヴィクトールさま? ……あっ、キールさん、こんにちは!」
「ご、ご、ご無沙汰しております、様」
一向に気にしていない少女に、どもりながら挨拶を返す。
「お久しぶりです!今日はおしごと早いんですね……あっ、もしかして」
は気づいたようにヴィクトールを見上げた。
「ヴィクトールさま、お話ししてくださったんですか?」
「ん?……ああ、どうにか引き受けてくれるそうだ。
ただし、しばらくの間だけだからな、あんまり迷惑をかけるんじゃないぞ」
「本当に!?」
念を押すようにヴィクトールが言うと、(まだ)抱き上げられたままの格好で、はキールを振り返った。
「ほんとですか!?……あっ、でもいいんですか? お仕事とか、いろいろ大変なんでしょう。
私のわがままにつきあってくださるなんて……」
口では気遣いながらも、嬉々とした表情を隠せてはいない。ふたりは思わず顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「……なんですか。なに笑ってるんですかー、二人ともっ!」
むくれるを眩しそうに見て、
「よろしくお願いします。様」
キールは柔らかく微笑んだ。
FIN.
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