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  LOVE SONGs 2 

そんな感じで、一ヶ月が過ぎた。

その間、仕事上の判断力とは裏腹に、青年は結局何の行動も起こせなかった。
ときどき不思議そうにきょとんと見つめるの瞳が曇るのかと思うと、どうしても切り出せない。
しかし、今のままで彼女が倖せなのかどうか……色々考えるうちにますますわからなくなってしまった。

自分のことが嫌いになったわけではない…と思う。少女は青年のわがままを、ちょっと迷惑そうな、でもどこか慈しみをこめて聞いてくれる。それは以前と変わらない。
だがだが、この一ヶ月で少女が直帰する回数は何倍にも増えた。
話もせずに後をつけさせるようなことはむろんできず、しかし話を切り出すこともできない。
青年が行動を縛られて途方に暮れている、そんなある日のことだった。


の誕生日も近いある日曜日。彼はとふたりで街へ出かけた。
一緒に行ってほしいところがあるの、という少女の台詞にいやな予感を感じながらも、車ではなくレールウェイを乗り継いでそこへ向かう。
駅から15分ほど歩いた住宅街。そこで、話していた少女がいきなり視線をあげて手を振った。

「ごめんなさい!待った?」

弾んだ声で呼ぶその先を、一瞬彼は見たくない、と思ったが、瞳は反射的にそちらを向いてしまった。
三たび目の前が暗くなる。果たして、青年は予想通りの人物がそこに立っているのを見た。
嬉しそうに駆け出そうとする少女。その手を夢中で掴み、彼はとうとうそれを口にしてしまった。

!……は、俺とあの人と、どっちが好きなんや?」
「え?」

振り向いた少女が、いぶかしげに問い返す。
理論だてて説明するつもりでいたのに、混乱した頭は直接の疑問しか言葉にしてくれなかった。

「俺、があの人と写っとる写真、見てしもた。日付、最近やったやろ。
 ときどき会社から直帰するんは、あの人と会うためなんか?
 あの人のこと、好きなんか?……俺よりも」

最初わけの分からなそうにしていたは、次第に眉をひそめて彼をにらみ、聞き終わるとゆっくりとうつむいた。

「…………………それ。本気で言ってるんですか?」

声が静かな怒りに満ちている。
一瞬たじろいだ青年は、冗談に紛らわせたくなる衝動を懸命におさえて無言だった。

「私のこと、疑ってるんですか」
「……………
「そう、ですか。……じゃあ」

くるりときびすを返して、男の方へ駆けていく。
何か言っているらしい彼を家の中に押し込む形で、少女は青年の前から姿を消した。


「………アホかなあ……俺………」

魂の抜けたような声で呟いて、青年は晴れた空を見上げた。

 

◇     ◇     ◇

 

「お、おい。いいのか?」

一方、ムリヤリ家に引っぱり込まれた彼は、どかどかっと歩いていく少女に戸惑った声をかけた。

「なんでもないっ!」

リビングのソファにボスンと座って、クッションを抱える。

「何でもないって事はないだろう。二人とも悲愴な顔をしてたぞ」
「いいのっ、もう知らない!!」

クッションに顔を伏せる少女をため息をついて眺め、彼は仕方ないなというふうに傍に腰を下ろした。

「……話してみろ。どうしたんだ?」

の頭にそっと手をおく。大きな手が優しくなでていくのを、少女はじっと息を殺して感じていた。

「……………………あのひと……写真、見たって」
「写真?」
「こないだ。一ヶ月くらい前に……フィルムが余ってるからって、庭で撮った」
「ああ、あれか。……それで」
「それを私が大事にしてるのを見て、私のこと疑ってるんだって!」
「疑って? …なにを??」

怪訝そうに聞き返す。それは、彼にしてみれば当然の反応だった。
はひくりと肩を揺らして、膝の上で掌を握りしめた。

「私が浮気してるって、思ってるんだわ。きっと」
「う、浮気!?浮気って……おまえ、事情を説明してなかったのか?
 いや説明してなくても、いま誤解を解いてしまえばいいじゃないか」

しかし少女は、それにかまわず言葉を続けた。

「誤解だからどうこうってことじゃないの。あの人が、私を疑ってるのよ。
 それも、たった……写真一枚で……」

気丈な声も、それが限界だった。

「……私のこと……信じてくれてるって、…思ってたのに。あんな目で、私を見るなんて……私を疑うなんて……。
 こんな、こんなに簡単に、壊れてしまうものなの……!?」

ぼろぼろ、と大粒の涙をあふれさせた少女に、驚いたのは彼のほうだった。
彼女がこんなふうに泣くのを、見たことはなかったから。
ずっと昔にほんの数回、それも悲しい涙ではなく悔し涙。まったく、少女は幼い頃から強情で負けん気が強かった。
なのに、こんなに簡単に泣き顔をさらけ出してしまうほど、いまのは激しく動揺している。

そんなにショックだったのか……。

複雑な思いで肩をすくめ、彼は少女を抱き寄せて静かに話し始めた。

「………なあ、。俺はあの青年がどんな人物なのかも知らないし、確かに歓迎もしていなかった。肩を持つ気はないよ。だが」

少女を支えるように、手に力を込める。

「おまえは、知ってるんじゃないのか?いつもいつも、俺に煙たがられながら彼を認めさせようと努力してたんじゃないのか。
 おまえがそこまで信じた人間として、俺は彼に会ってもいいと言った。だが、それほど好きな人間を、ちゃんと話もせずに疑っているのは誰なんだ?」
「………………!」

の嗚咽が、ぴたりと止まった。

「……今はたぶん、そんな余裕もないんだろう。少し落ちついたら考えてみろ。
 本当にそんな人間を好きになったのか。おまえが知っている彼は、どういう反応をするのか。理性的に、冷静に考えるんだ、

小さな頃から聞き慣れた、怒るような諭すような悠然とした言葉が、少女の強い心を取り戻させてゆく。

「おまえにはそれができるはずだ。俺の娘に、できないとは言わせない」
「パパ………」

もっとも、本当に“そういう人間”なら話は早いんだが……。

愛しい娘を抱きしめながら、彼は心中でため息をついた。

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