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  あなたにサラダ 1 

ある麗らかな日の午後。
とある大きな屋敷の調理場で、十代後半くらいの少女がフライパンを片手に口論していた。

「……いいの。いいってば。私がやる!」
「しかし、これは私共の仕事ですから」
「そうですよ、お疲れの様のお手を煩わせる訳にはいきません」

両脇からステレオで引き止められて、少女は拗ねたように眉をしかめた。

「私がやりたいんだから。いいでしょう?」

調理場を仕切るシェフ達は、困ったように顔を見合わせる。

「し、しかし、なぜ……」
「私があの人のために料理するのに、理由がいる?」

確かにそれは正しい。
自分の彼や夫のために夕食を作ろうとするのは、女性にとって何ら不思議のないことである。彼女くらいの年の女の子ならそう思って当然だろう。
しかし。当然でない事情が、この少女には二つあった。

第一に、彼女は自分たちの主人であり、宇宙最大の総合商社の社長補佐たる重職を務めている。連日忙しさは増すばかりだというのに、家事までやらせていいものだろうか。
第二にこれが最たる原因なのだが少女は、何というか、あまり手先が器用ではない……いや、はっきり言って不器用だった。
もちろん執務中は、生来の負けず嫌いと責任感からくる後天的な才能が功を奏しているらしいが、私生活における彼女はリンゴの皮も満足に剥けないような有り様であった。

そんなが、何を思ったか夕食を作りたいと言いだしたのだ。
困ったのはおかかえのシェフ達である。万が一怪我でもさせたら自分たちの首が危ない。もうひとりの主人たる青年は、どうあってもそれを許そうとはしないだろう。
かといって『不器用だからやらせたくないんです』とも言えず、彼らはほとほと困り果てていた。

様。なにかあったのですか? いままで、この者たちが作る料理をお気に召さなかったことはなかったと存じているのですが」

初老の女中が助け船を出した。この家に来てから母親の様に頼りにしている彼女の言葉は、少女に考える余地を与えた。

「……別に、あなたたちの料理が気に入らないんじゃないのよ。でも……」

呟く顔が心なしか暗い。女中はなにげなさを装って言う。

「もしかして、だんな様に料理のできる妻はいいと言われたとか……」
「どうしてわかるの!?」

思わず叫んでから、は顔を赤らめてうつむいた。

「あ……えっと、そう言われた訳じゃないんだけど。
 あのね、取引先の社長のお宅へ伺ったとき、奥様のお料理がとっても美味しかったの。
 で、あの人が絶賛するものだから、なんだか悔しくなって……」

もじもじと話す少女に、女中は諭すように笑いかける。

「それは、多分に心証を良くするという意図があるのではありませんか?
 だんな様は仕事においては天才的なお方です。しかし、あなたに嫌な思いをさせるくらいなら会社を潰しても後悔なさらないでしょう。
 様は、お料理などしなくてもいらっしゃるだけでだんな様の支えになれるのですから」

彼女の優しい言葉に、の心から苛立ちが消えていく。
だがそれでも、彼に何かしてあげたいのだと訴えると、女中はため息をつきシェフを振り返った。

「しょうがないですね。あなたたち、様に基本的なことを教えてあげてくれませんか?御身に危険のないように」
「……わかりました」

少なからず心を打たれたシェフ達は、うって変わって素直に頷いた。女中は小さくウインクしてを見る。


さて、助け船を出されたのはどちらの方だったのだろうか。

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