私は多分、彼女を愛していたのだろう。
だからこそ、今まで守護聖のままでいることができた。馬の合わぬ彼奴の言葉もなんとか聞きこなし、乗り気ではなかった女王試験さえもやり遂げたのだ。
彼女の女王即位という、結果を残して。
「クラヴィス? 何を呆けているのだ、女王陛下の御前だぞ」
光の守護聖の問いに、私ははっと我に返った。
一堂に会した皆の視線が自分に集中しているのが分かる。
「いや……。なんでもない」
あっさりとあしらうと、彼は一瞬忠告の意をひらめかせた。が、それは辛うじて衝動の範囲で収まったらしく、少し憮然として女王に向き直る。
「……それでは、再び試験を行うというのですか?」
たった今、この場で話題となっていることがこれだった。
彼女が女王として即位したのはつい最近だというのに、何故試験を再開する必要があるのか。女王の力は世界を支えて余りあるはずなのに。
「何故ですか。現在のところそうするべき理由は私には……。」
「すべては女王陛下の御心です。それ以外の理由が、ジュリアス、あなたにとって必要ですか?」
彼の言葉を、女王補佐官であるロザリアが遮った。心なしかのきつい口調に、皆の表情がさっと硬くなる。
当の本人は少し頭を下げて引き下がったが、心の中ではやはり事の重大さを感じているのだろう。俯いた瞳が、真剣味を増している。
「では、次代の女王候補を………」
そうして、新たな……私にとっては三人目の女王候補がやってきた。
◇ ◇ ◇
「あ、クラヴィス様、こんにちは!」
「……おまえか。」
「外は良いお天気ですよ。そうだ、ご一緒にお散歩しませんか?」
新しい女王候補は、明るい瞳で私を見つめる。あの者と同じ元気な口調で、微笑みをたたえて。
だが……。
「外へ行く気はない」
だが、どれだけ似ていようともあの者とは違う。私の心が癒されることはなく、あたたかな天使の光を感じることもない。
この少女は、あの光が失われたことを私に実感させる存在だった。
「すまぬ。かまわないでくれ、……女王候補よ。」
「クラヴィス様……」
彼女は気遣わしげに、そして悲しそうな顔をして、こちらを見ている。
私はたまらなくなってきびすを返した。
「………森の湖で待ってます! ずっと待ってますから、もし気が向いたら……!」
その声は、最後まで私の耳に届かなかった。後ろ手で閉める扉がやけに響く。
「もう二度と……人を愛することは……」
私は固く目を閉じた。
ずっと、夢を見ている。
天使の名を持つ少女が、私の手を取って微笑む。輝く春の陽のような、私だけの少女……。
愛していると言えば、それは叶うのだ。今。この場で想いを告げられれば。
しかし、私はそうはしなかった。告白を待ち望んでいるような少女に一言、『幸せな女王になることを願っている』……と。
それがどれほど酷いことか、判らなかったわけではない。だが、女王になるべき彼女を自分のものにするなど、私にはできない。できなかったのだ。
「すまない、。私は……」
「……待ってます。ずっと、…待ってますから」
「!?」
私は驚いて目を剥いた。そこには女王の座についたあの者ではなく、新しく候補として聖地を訪れた“”が立っていた。
「……!」
叫んで、私はがばっと跳ね起きた。壁際の時計に目をやる。
時は既に、彼女と別れてから6時間が経過していた。
「まさか……」
呟いて、足早に館を出る。まさかこんな時間まで待っているわけがない、とは思いながらも、妙な胸騒ぎがやまない。
外にはいつのまにか細い雨が降っていた。
やっと湖までたどり着き、息急き切った私の目には、私を待つ顔は映らなかった。
「帰った…か…?」
普通に考えて当たり前のことが、何故か不安を増長させる。
「……! おらぬのか、!!」
その時、辺りを見回していた私の耳に、微かに水を叩く音が聞こえた。
「!?」
反射的に振り向く。果たして、ほとんど灯りのない暗い木陰にもたれるようにして、崩れている少女の姿が見えた。
「、…しっかりせぬか!」
急いで抱えたその身体は、どのくらいこうしていたのかずぶぬれで、ぐったりとして震えている。
その瞳がわずかに開き、自分を見取ってかぼそい声を上げた。
「クラヴィス…様? 来て、くださったんですね……」
「馬鹿者、おまえという者は……」
喋るのももどかしく、私は少女をひらりと抱き上げた。 |